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後ろに立つ者

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 康子が、最近別れたという男性は、表から見ていると、佐藤に似ている。そんな人を嫌いになった康子、嫌いになったというよりも怖がっている様子と、気味悪く思っている様子とが垣間見える。
――ひょっとすると、その男の本性のようなものが見えたのかも知れない――
 と、思ったが、直接聞くのも忍びない。
 せっかく、別れることができたと言っているものを、今さら蒸し返すのも可哀そうだ。それだけに、信義は勝手に想像を膨らませるしかないのだが、たくさんあった可能性が、かなり狭まってきているのを感じるのだった。
 康子は、別れた相手のイメージを以前に感じたことがあったといったが、佐藤であるとすれば、佐藤は今どこにいるのだろう?
 風の噂にも聞くことがなくなってしまった佐藤の消息は、信義の中で忽然と消えてしまったのだ。
 それは、信義の願望も含まれているのかも知れない。
――彼は、もうこの世にいないのでは?
 そんな発想はしてはいけないものではないかと思っている。自分の知り合いで、誰かが死んだと勝手に思うことは、自分にも死というものを意識させることになり、余計なことを考えてしまうことで、自分も死に一歩近づくことになるような気がして、気持ち悪いのだ。
 それは胸騒ぎの類で、信憑性は極めて低いものだが、余計なことを考えてしまって胸騒ぎを起こすことは、立てなくてもいい波風を立ててしまったことへの後ろめたさから、不本意な自分を曝け出してしまうのが怖いのだ。
 死んでしまえば後悔もないものだが、この世に後悔だけが残り、自分がどこを彷徨うことになるのか、想像もつかない。
――康子が好きになった男は、どこか父親のような雰囲気があったのだろうか?
 そう思えば、佐藤のようなへりくだった態度に出てきた男性を嫌になったのも分かる気がする。
 相手の男に父親のような強さを感じ、慕いたいと思っていたのに、その相手が急に頼りなくなったのでは、嫌いにもなるというものだ。愛想が尽きたと言っても過言ではないだろう。
「私は、育ててもらったお父さんを尊敬しているの。だから、今の父以外には、本当のお父さんはいないと思っているんです。そういえば、以前、このお店に非常に雰囲気がよく似たお店に入ったことがあるんですけど、そこで面白いおじいさんに会ったことを思い出しました。そのおじさんは、『自分は時間を操ることができるんだ』なんて言ってましたけどね」
 と言って笑っていた。
 まさしくこのお店で会った老人のようではないか。
「その人とはどんなお話をしたんだい?」
「ハッキリとは覚えていないんですよ。ただ、時間を短く感じるようにできるようなお話をしていた気がするんです。人は時間を正確に刻むように年を重ねるわけではなく、一気に年を取ってしまう時期が何度か存在するんだって言ってましたね」
 この店で会った老人とは違う人なのだろうか? 信義が出会った老人がそんな話をするようには思えなかった。
 だが、相手によって話しを変える人も少なくないので、それだけ自分と康子は雰囲気が違ったのだろうか。
「私は、子供の頃、お母さんが嫌いだった。私のことを見つめる目が、まるで上から見下ろされているような気がしたの。それは、まるで厄介者を見ているような視線で、子供心に冷たさを感じたわ」
「ひょっとして、本当のお母さんじゃないって思ったのかな?」
「ええ、そうですね。でも、そんなはずはないと思うと、もっと萎縮してしまったんですよ。お母さんの視線が、『あなたなんか生まなければよかった』とでも言いたげな視線だったから」
 母親からそんな目で見られたら、どんな気がするのだろう。信義は想像もできなかった。あまり両親とは話をせずに育ってきた気がした信義は、親に対して疑問を感じたことが少なかったので、よく分からなかった。
 康子が父親が違う相手だと思うようになったのは、それが発端だったのではないかと思うようになっていた。
――和代は、佐藤に強引に迫られて、そして、子供を……
 という想像をしてしまった。
 佐藤の性格は、人懐っこいところがあるように思うが、実際は内に籠るタイプだと思っている。自分のペースを崩す者がいれば、嫌悪感をあらわにして、度合いによっては、密かに復讐すら思い浮かべてしまうような恐ろしさを秘めている気がしたのだ。
 佐藤は自分のまわりにいた里山と和代が愛し合っている時、どんな気持ちでいたのだろう? 最初から和代のことが好きではなかったのではないかという気もしている。里山が和代のことを好きになると、その時に急に気になり出して、たまらなくなったのかも知れない。
――最初は、まるで俺が子供の頃に感じていた直子のような存在で、里山が好きになったことで、ハッと我に返った佐藤は、それが一目惚れだったのではないかと気付いたのかも知れない。まるで、俺が和代に感じた思いのように……
 そう思うと、佐藤という男の気持ちが次第に分かるようになってきた。
 やはり、佐藤はもうこの世にはいないのかも知れない。里山もこの世にはいないという噂だったが、あの時の当事者で男で生きているのは、信義だけということになる。
 信義は自分の中に、佐藤を感じていた。
 そう思うと、急にこの店で話をした老人が里山だったのではないかという発想が頭を擡げた。
――あの人の話は、素直に聞くことができた。それは佐藤が、里山から話を聞いていたのが思い浮かぶような素直な気持ちだった。やはり、俺の中には佐藤がいるのかも知れない――
 と、思えてならなかった。
 ただ、里山がどうして康子の前に現れたのか、少し考えさせられた。康子が佐藤に似た男性と付き合っていたことが気になったからであろうか? 少なくとも里山は康子とは関係がないはずである。そこだけは分からなかった。
 ただ、信義が和代を見て後ろに直子を見たように、里山が和代を見ている時に、その後ろに康子を感じていたのかも知れない。
――人は誰かを見つめる時、絶えず後ろに誰かがいて、そのことに気付くか気付かないかで、見つめている人のことをどれほど自分にとって大切な人なのかということを悟るものなのかも知れない――
 そのことは、自分だけの持って生まれた性格だと信義はずっと感じていたが、時系列や、感じている時間が規則正しく流れているということに何ら疑問を感じていない人には気付かないだけで、誰もが気付くことのできる環境にはいるのだろうと思うようになった。
 いつからなのかと言われると正確には分からないが、和代のことが記憶の奥に封印されたと感じた頃からだったかも知れない。
――それにしても、なぜ今頃、和代に関わりのある相手に出会ったりしたんだろう?
 信義は、いろいろ考えてみた。
 そういえば、自分は康子とは初対面だと思っていたが、康子は違うと言っていたような気がした。
 初めて会った時のことを覚えていないが、その次の日と思しき日、信義は少し早目に会社を出て家路についた。
 その日は身体が重たく、まるで手足が自分の身体ではないような感覚があったくらいで、次第に、身体が冷えてくるのを感じた。
――風邪でも引いたのかな?
 あまり風邪を引くことのない信義は、身体の異常を風のせいだと思っていた。
作品名:後ろに立つ者 作家名:森本晃次