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後ろに立つ者

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 ますは自分が大切なのであって、人のことは二の次だ。人のことを先に考えてしまうと、自分のことが疎かになりそうで、怖いのだ。それを思うと、佐藤のような人間は貴重に感じるが、なりたいとは思わない。
 佐藤という人間のことは、後から考えれば、あまり好きではなかったように思う。和代とのこと以外で話をしても、彼は何も新しい発想を与えてくれない。むしろ当たり前のことをいかにも自分の発想であるかのように言っているだけだ。和代に対して話してくれたことも、佐藤が自分よりもたくさん里山とのことを知っていることで、いかにも貴重なアドバイスのように感じたが、彼にとっては当たり前のことを言っていただけだ。
――目的は何だったのだろう?
 元々目的などないのかも知れないが、説得しようとしているところがあったのは間違いない。
 もし、目的があったのだとすれば、それは信義と和代との間にわだかまりを作ろうとしたということ以外には考えられない。
 そんな佐藤を、和代とセットでしか考えられなくなったのは、信義と和代が自然消滅してしまったことに関わっているのかも知れないと思ったからだ。
 自然消滅してしまっても結局は和代を忘れられなくなってしまったのだが、転勤を言い渡された時は、和代に対して未練はなかったように思えた。その頃は、佐藤とも話はしていても、話の中から何も感じることはなかった。
 佐藤のことを思い出すことがなくなった一番の理由は、自分を説得するような話し方が、二人とも似ていたからだ。
 佐藤のことを忘れてしまってから、思い出すこともなかったが、そういえば、佐藤と話し始めた最初の頃に、
「僕は彼女とは幼馴染でね」
 と言っていたのを思い出した。
「幼馴染と言っても、幼稚園、小学校が同じで、僕も彼女もそれぞれ大人しい部類だったので、自然と一緒にいることが多かったんだ。でも、小学生の頃に、和代を好きになった男の子がいて、その子のことが気になっていたのも事実だったんだ。でも、僕は何も言えずに、それでもいつもそばにいる和代を黙って見ているしかなかった。今ではそれでよかったんだって思っているけど、あれからしばらくは、何もできない自分に自己嫌悪を覚えたものだよ」
 今の佐藤の性格を見ていれば、話している内容も分からなくはない。しかし、本当に和代のことをどう思っていたのか、本人も分かっていなかったのだろう、
 そして、月日は流れて、就職してまた再会した。
 和代は大人しいのは相変わらずだったが、大人しい雰囲気が大人の女性の雰囲気を醸し出していた。
「僕は、彼女のことをずっと忘れていたつもりだったんだけど、再会した時に、それまでの時間が、まるですべてどこかで繋がっていたって思ったくらいなんだ」
 あまり言葉が上手ではないせいか、佐藤が和代にどれほどの気持ちを持っているか、曖昧にしか分からなかった。
 そのうちに話題は信義と和代の話になってくる。話の主人公はおろか、佐藤の存在は、舞台に上がることすらなくなってしまった。
「佐藤君のことは、私も忘れていたわ。でも、確かに幼稚園や小学生の頃は、いつも佐藤君が私の前にいた。私は彼を盾のようにしていたのかも知れないわね」
「何に対しての盾なんだい?」
「私は大人しかったので、苛められることが多かったの。だから、ついいつもそばにいる佐藤君を盾にしようと思っていたの」
 と言っていた。
 信義は佐藤という男を思い出していた。
 最初は話をしていて、心地よさを感じることができるので、佐藤と話していると楽しかった。それは、自分が好きな女である和代のこと、そして、和代と以前付き合っていたという里山のことを知っているということで、話はしなくとも、いつでも情報を得ることができるという安心感もあったからかも知れない。
 それよりも、佐藤の話し方が、謙虚さと相手を立てるような話し方から、話をしている自分が主役になったような話ができることが嬉しかった。そこに心地よさを感じたのだが、今から思えば、和代の話をする時、どこか奥歯に物が挟まったような話し方をしていたように思えた。
――どうして、今頃思い出すのだろう?
 奥歯に物が挟まったような言い方は、まるで相手に悟られるのを最初から分かっているかのように感じられた。むしろ、相手に気付いてほしいという思いが溢れ出ているように思えた。それでもわざとらしさを感じなかったことで、話をしている時は心地よさが優先していたこともあって、佐藤の話し方に違和感はまったくなかったのである。
 あまりにも違和感がなかったせいで、その時の自分が感じていた波乱万丈の人生に、佐藤という存在は、まるで第三者に思えるほど、さりげなかった。まるで影のような存在で、佐藤と一緒にいることで嫌な気分になったこともなかった。
 だが、もし自分があの時に戻れたとすればどうだろう?
 和代と出会った頃に戻ったとしても、もう一度同じことを繰り返すかも知れないと思っている。好きな気持ちに変わりがないからだろうが、同じ気持ちになれるような気はしないのだ。
――何かが違うような気がする――
 和代に対して、さほど変わることはないし、里山という男は、話を聞いただけで会ったこともないので、変わりようもない。それでは後は誰かというと、佐藤であった。
 佐藤のことを思い出そうとすると、どこか曖昧な記憶しかない。さりげなさが、薄い印象しか残していないからだ。だが、今は佐藤のことが気になっている。今日初めて会ったはずの康子に対し、
――以前にも、会ったことがあるような気がするな――
 という思いを抱いたことに似ている。康子との会話にさりげなさと、心地よさを感じたからで、それが同じものではないことは分かっている。佐藤に感じたのはまだ二十代の頃で、今康子に感じている自分は中年のおじさんだからである。
 和代と佐藤が幼馴染だったことを、里山は知っていたようだが、和代と佐藤の関係に対して疑いは持たなかったという。いや、それは佐藤が言っていたことで、今から思えば佐藤の言葉には信憑性も説得力もない。
 今なら佐藤の考え方も、ある程度分かるような気がしていた。佐藤という男は信義とは性格的に正反対ではないかと思うからだ。
 話をしている時は、雰囲気などはまったく違うが、性格は似ていると思っていた。心地よい気持ちやさりげなさを考えると、性格が似ていないと、感じることのできないことだと思ったからだ。
 しかし、逆も真なりという言葉もある通り、正反対の性格であれば、心地よさやさりげなさを感じるのかも知れないとも思える。まわりから見れば二人の性格はまったく違うと思っていたであろう。信義は佐藤と一緒にいるのを、他の人が不思議そうに見ていたと、感じたことがあったのを今思い出している。
――思い過ごしだ――
 と、すぐに否定した。まわりからの視線を思い出したことで、否定した時の自分を次第に思い出してきたのである。
 そういえば、この店で出会った老人も、
「ここに来れば時間を短く感じる」
 と言っていたではないか。
 時間を短く感じるというのは、昔のことを思い出すことにも繋がるのかも知れない。
作品名:後ろに立つ者 作家名:森本晃次