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後ろに立つ者

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 最初は意志という形ではなく、意識というものである。意識がまわりの環境や、普段から考えていることから形を変えることで、意志となるものもあるのではないかと思えてきた。
 そう考えた時が、何かが起こる時。予感めいたものを感じることがあるが、それこそが自分の中にあった意識が意志に形を変える時ではないかと思える。
――虫の知らせ――
 などという言葉があるが、信義はそれすら、「偶然」だと思っていた。偶然であることで虫の知らせを納得させようと考えていたのだ。
 理由は簡単。疑問に感じることなく、自分を納得させることができるからであった。
 信義は、高校時代に感じた結論として、
――偶然というものは、すべて逃げの感情から生まれるものだ――
 という、偏った考え方をするようになっていたが、大学に入学できてからは、その考えが少しずつ和らいで行った。
 大学時代、まわりの影響を受けたことを否定はしないが、納得できることしか信じないという気持ちが萎えたわけではなかった。そして、偶然をすべて否定したように、強引な考え方をしていると、まわりからだけではなく、自分自身で自分のすべてを否定してしまうことになりそうで、それが怖かったのだ。
 怖いという発想も、大学に入学するまで忘れていたように思う。高校入学してから、勉強についていけなかった時に感じた言い知れぬ恐怖。それは自分で納得できないことばかりが起こるからだった。納得できることが少しでもあれば、
――そこまで言い知れぬ恐怖に見舞われることはない。だから無理をすることもないのだ――
 ということを、改めて感じたのだった。
 もし、康子が和代の娘だとすれば、これは必然に近い偶然なのか、それとも本当の偶然なのかを考えてみた。
 本当の偶然なら、これほど怖いものはない気がするが、必然に近い偶然なら、何かの力が働いていることになる。その何かの力というのが、果たして信義に納得できることなのかどうかが、問題になってくる。
 偶然はどこから始まったのだろう? 康子を見かけて声を掛けた時から始まったのだろうか? いや、もっと前からでないと、ありえないような気がする。それは、康子という相手がいるからだ。康子も自分が母親の知り合いだと思うと偶然だと感じるだろう。そしてその偶然がどこから始まったのかと考えると、信義に声を掛けられる前に、ファミレスに立ち寄って、あの席に座るまでの経緯を思い出さずにはいられないからだ。
 そもそも信義が今日、ファミレスに来てハンバーグを食べたのも偶然である。そんなに以前から考えていたわけではない。これも何かの力が働いているとすれば、その力が及ぼす力はその人だけにであろう。すると、今日の偶然をもたらしたのは、信義の中にある何かの力なのか、それとも、康子の中にある力なのか、それとも二人の力が共鳴したことで起こった偶然なのか、考えてしまう。それによって、康子に自分の考えを話すべきかどうするべきなのか、決まってくるというものだ。
 とりあえず様子を見ようと思っていると、康子の方から、信義の考えに近づいてきているような気がした。
「私、実はつい最近、失恋したんだ。結構好きだった人なんだけど、その人、真面目すぎるところがあって、私と結構衝突していたわ。相手が真面目すぎるから衝突したと言っても私がちゃらんぽらんというわけではないのよ。彼が融通の利かない人で、一緒にいるととても疲れる人なの。それに、本人は、何か人にはない不思議な力を持っているって思いこんでいたみたいで、話が噛み合わないところもあったのよ」
 信義の知っている人に似ている気がした。
 話をしていても、会話があっちこっちに行ってしまい、何を考えているのか分からない人で、急に真剣に話し始めたかと思うと、急に上の空で、何を考えているのか分からなくなってしまう。
――そうだ、佐藤だ。和代と付き合っている時に、和代と里山の両方を一番よく分かっているということで話をするようになった佐藤だ――
 佐藤は、和代の話をする時は冷静に話をしていた。話が飛ぶこともなかったが、ただ、彼も和代のことが好きだったということだけは伝わってきた気がした。
 自分と付き合っている和代の話をするのに、ここまで冷静になれるのだから、さぞや大人なのだろうと思っていると、和代以外の話をする時は、人が変わったみたいになってしまう。
 佐藤は、自分の話をするのを嫌った。話をしていても、なるべく話を逸らそうと懸命になっているのが分かった。
――和代を好きだということを悟られたくないのかな?
 と思って聞いていると、いろいろと佐藤という人間の性格が分かって気がした。
 最初、佐藤は里山を尊敬していたと言っていた。そして、そのうちに、和代を友達だと思うようになったという。そして、里山と別れると、今度は手の平を返したように、信義を応援してくれるようになった。
 次第に佐藤は、信義と里山の比較を始めるようになる。
 佐藤という男、実に低姿勢な態度なので、最初に話をすると、自分が上から目線になっていることが後ろめたく感じるのだが、次第に、それも気になってくる。佐藤という男の性格なのだろうか。
 しかし、話をしてみるうちに、低姿勢には変わりないが、どうも相手を言いくるめようとしているところがあるように思えてきた。
――相手を自分の考えに洗脳しようとしている――
 と言っても過言ではないように思えた。
 言いくるめようというよりも説得しようとしているのだ。元々低姿勢なので、こちらが知らず知らずに上から目線になっていることで、まさか自分が洗脳されようとしているなど、想像もつかないだろう。
 佐藤と話をしていると、自分がおかしくなってくるのを感じた。
――まさか、和代と喧嘩になったのも、佐藤との会話が影響していたわけではないよな――
 和代も佐藤と時々話をしていたようだ。洗脳され掛かった者同士、何か話が噛み合わないところがあっても不思議はない。しかも、佐藤のように、相手を言いくるめようと一生懸命になっている姿を、相手の中に見てしまうと、余計に意地を張りたくなってしまうのかも知れない。
 転勤になってから、自然消滅した和代と同様、佐藤のことも忘れていた。佐藤という存在は信義にとって、和代とセットでしか考えられなかったが、そのことを、
――悪いな――
 と、後ろめたい気持ちを持っていた。
 だが、考えてみれば、それが佐藤の性格だったのかも知れない。
 佐藤とは確かに和代以外のことでも話をしたことがあったが、決して自分の考えを言わなかったような気がした。
 逆に和代とのことでは、自分の意見を前面に出し、説得を試みているように思えた。
――そんなに俺と和代のことを一生懸命に考えてくれているんだ――
 と、まずは自分のことを一番に考える人が多い中、相手のことに対してここまで必死になれるのをすごいと感じた。
 そんな佐藤を見ていて、
――俺もそんな風になりたい――
 とは思わなかった。なれるはずもなかったが、なりたいとも思わなかった。
作品名:後ろに立つ者 作家名:森本晃次