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後ろに立つ者

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 ズバリと指摘されてドキッとしてしまう。普通なら、少しムカッとする感覚も残るのだが、北村先生に関してはそんなことはない。
――目からウロコが落ちた――
 という言葉があるが、まさにその通りなのだ。
 北村先生と話をしていると、信義は安心感が戻ってくる感覚に襲われる。
 今までは客観的に見ているから安心感が生まれるのだと思っていたが、それだけではない。
――自分は絶えずいろいろなことを考えている――
 と思っているが、それは客観的にならなければできないところもある。しかし、最初は必ず主観的なところから入り、考えが堂々巡りを繰り返していることを悟ると、その時点で客観的になる。
 客観的になることで、いろいろなことを考え続けることができるのだ。主観的なままであれば、続けることはできない。その感覚があるから北村先生がズバリ言い当てても、嫌な気持ちがしないのだ。
 北村先生に、今までの恋愛について話をしたことはない。下手に話をして先入観を持たれたくないという思いもあるからだが、それ以上に、自分の致命的なところを指摘されるのが怖いというのもあった。
 先生と話をしていると、落ち着く。決して致命的な話しを聞かされて、ショックを受けたいとは思わない。もし、聞かされてしまうと、今までの先生へのイメージが崩れて、先生と話をすることが二度とないと思うのはおろか、何よりも、自分が人間不信に陥ってしまうことが怖かったのだ。
――何を今さら――
 先生と話をできなくなることの方が、人間不信に陥るよりももっと嫌なことだと思っていた。
――先生と話ができなくなるくらいなら、他の人と話をできなくなる方がマシだ――
 とも思えたが、人と話ができなくなることは、せっかくっ見つけた隠れ家を手放すことに繋がると思えてならなかった。
――隠れ家というのは、他の常連さんをひっくるめたところで隠れ家なのだ――
 と思っている。
――先生一人と隠れ家を失うこととどちらが自分にとって……
 と考えると、それ以上先を考えることが怖くなった。一種の究極の選択なのである。

                   ◇

 バーの中では、三十年くらい前の曲が流れていた。信義は、懐かしそうに聞いている。信義の横顔を見ながら、康子はそんな風に考えていた。実際には、イメージを膨らませて、記憶の中の懐かしさに記憶を発想に結び付けていたのだが、康子はそこまで分かるわけもなく、ただ、信義の横顔を見ているだけで、なかなか自分の世界に入り込んでいた信義に話しかけることができなかった。
 人がいてもつい自分の世界に入ってしまうことの多い信義は、それを自分の欠点だと思っていた。それで何度相手に不快な思いを与えたことがあったのか、我に返ると襲ってくるのは後悔の念と自己嫌悪だった。
「これはすまない。つい自分の世界に入ってしまったようだ。どれくらい、君を一人にしてしまったかな?」
 今日、ここに誘ったのは、自分だった。それなのに、心の底から、なぜか謝ることのできない自分の精神状態が、自分でも不思議だった。
 相手が和代で、あの頃の自分だったら、土下座でもしそうな勢いだ。しかし、今から思えばそれは茶番である。
 確かに心を込めて謝るには、土下座もしかねかいのは無理のないことだが、それも相手にもよるだろう。和代のような性格の女性に対してであれば、きっと土下座などしてしまえば、気持ちが萎えてしまうに違いない。明らかにわざとらしさが目立つからだ。
 どうしてそう感じるのかというと、毎日のようにしていた喧嘩である。
 理由はその時々で違っていたが、喧嘩になったのは、和代が信義に感じたわざとらしさが大きな原因だったのだと今からなら感じることができる。
 普段なら少々のわざとらしさは許せる範囲であるが、頭の中にカチンとくるような信義の行動や言動に対し、和代が苦言を呈したとすれば、信義は大げさに謝っていたことだろう。
 簡単に謝ってしまうのは、それだけ信義にとって和代の苦言は青天の霹靂だったのかも知れない。男性の慌てふためく姿は、みすぼらしく感じられ、それも和代にとって、苛立たせる原因の一つだったに違いない。
 しかも、その様子が滑稽であればあるほど、謝る態度は大げさに見えるのだ。
 ここまで来ると、和代も自分の中だけにストレスを抱えておくわけにはいかない。
――どうしてこんな男のためにストレスを抱えなければいけないのかしら?
 それでも、信義を嫌いにならない自分に対しての苛立ちもあったに違いない。それは、自分の中にある里山に対して想いが残っていることへの後ろめたさだったのかも知れない。
――だが、本当にそれだけだったのだろうか?
 里山に対しては、キッチリと別れたはずである。何も信義に対して遠慮や後ろめたさを感じる必要などないはずではないか。
 実は、信義が一番気になっているところでもあった。
 和代と喧嘩になった時、和代の後ろに誰かを感じることがあった。その人はモザイクが掛かったように顔が分からない。
 信義は里山の顔を知らないので、モザイクが掛かったり、シルエットになっていたりするのは仕方がないことだと思っていたが、ただ、最初は里山だと思って見ていたその人が、違う人に見えてきたようで、気になっていた。
 その男は、知っている人のように思えた。そう思ってくると、自分が和代に最初一目惚れしてから、どこか途中で和代に対して、最初と好きでいる感情が違うものになってきていることにウスウス気が付くようになっていた。それは信義の和代に対する感情であって、他の人では絶対に感じることのないものだと思っていた。和代という女を正面から見ていると、必ず後ろに男がいる。それは里山だけではなく、もう一人いることになるのだ。
 信義は、またしても、自分の世界に入り込んでしまいそうな気がして、ハッとなってすぐに我に返った。
 キョトンとしているあどけない表情の康子を見ると、
――和代のことを思い出してしまうのは、康子のこのあどけない表情を見ているからだ――
 と感じるようになっていた。
 信義は康子のあどけない顔を見ながら、心の中で、
――懐かしい表情だ――
 と感じていることを素直に受け入れていた。
「ここに流れている曲、とても昔の曲なんでしょうね。私にも懐かしいという感じが伺えます」
「そうですね。私がちょうど康子さんくらいの年の頃だったと思いますね。あの頃に聞いていた曲、私も懐かしく感じます」
「私は、この頃の曲を、よく行く喫茶店で聞いていた記憶があります。その喫茶店は、レトロな曲を流している店で、マスターが信義さんくらいの年齢だったと思います。その人が自分の昔の恋愛の話をするのが好きで、よく聞かされていましたね」
「僕も、この頃の曲を聴くと、昔の恋愛を思い出してしまいます。やっぱり、恋愛の記憶って、音楽とともに覚えていることが多いのかも知れませんね」
 恋愛の記憶を、その頃によく聞いた音楽と一緒に記憶している人は、信義だけではないと思っていた。どれだけの人がそうなのか分からないが、逆に音楽と一緒でないと、思い出として記憶できないのではないかと思っているほどだった。
作品名:後ろに立つ者 作家名:森本晃次