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後ろに立つ者

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 信義の中で自然消滅は確かに一番楽ではあったが、何か納得できないものが残ったのも事実だ。それが、相手に対しての未練だということに気が付いたのは、和代と別れてから、五年も経ってのことだった。
 その間に三人ほどの女性と付き合ったが、やはり最後は自然消滅だった。
 信義に、自然消滅が未練だということを教えてくれることになった女性は、他の女性たちとは違っていた。最初から結婚など考えていない人で、何よりも今までの女性と違っていたのは、結婚経験があったことだった。
 信義が三十歳になっていて、相手は二十七歳。年齢的にはちょうどよかったのだが、彼女に結婚経験があったというのを聞いたのは、付き合い始めて少ししてからだった。
「どうして、すぐに教えてくれなかったんだい?」
 と、聞くと、
「信義さんなら、気が付いていると思ったのよね」
 どうやら彼女は、信義のことを本人が思っているよりも、過大評価しているようだった。今まで付き合った女性たちは、信義のことを慕っているようなことを口では言っていたが、決して過大評価しているわけではなかった。むしろ、信義が自分で感じているよりも、かなり過小評価していたところがあったように思える。
 過小評価されていたことが悪かったというイメージではない。過大評価されているよりもマシだと思っていたくらいだ。過大評価されていることが最初から分かっていれば、きっとプレッシャーに感じただろう。
 それはもちろん相手にもよることではあるが、プレッシャーを感じるのは、
――相手が自分に何か大きな期待をしているからだ――
 と思うからだ。
 自分に大きな期待を寄せているというのは、男冥利にも尽きるが、
――相手の口車に乗ってしまうと、ロクなことがない――
 とも思わせる。それがプレッシャーに繋がるのだが、それは相手が自分の力以上のものを期待しているわけで、できない公算が高いものを無理に押しても、結果は見えているだろう。
 その彼女との付き合いは、付き合っている時は結構長かったような気がしていたが、気が付いたらあっという間だった。
 最初は相手が結婚経験者だと聞いた時、自分の中で優越感と、劣等感が同時に来たような複雑な気持ちがした。
 結婚経験があるということは、一度失敗しているという相手の負い目だけを見ていたことで生まれた優越感。そして、結婚経験は、自分の知らない世界を知っているという意味で、自分にないものを持っているという劣等感が同時に生まれていたのだ。
 その複雑な思いが、信義の中で、焦りとなって現れた。
――以前にも同じような思いをしたことがあったな――
 と感じたのは、和代との時のことであった。
 和代と付き合っている時、その時のような優越感と劣等感を同時に感じるようなことがなかっただけに、なぜこの人にだけ感じたのか、信義は自分で不思議だった。
「前に付き合った人と、もう一度やり直したいと思う人、誰かいるかい?」
 と、もし聞かれたとすると、和代と、この時の女性に対してだけは、
「やり直したいとは思わない」
 と、答えるだろう。
 それも即答で答えるに違いないと思うが、その理由は、二人ともに違うものであるのは明らかだ。
 和代に対して感じているのは、
――今まで付き合った中で一番好きだった相手は、何と言っても和代だ――
 と答えることができるからだ。
 きっと思い出として心の中に残して置くことが一番だと思っているからだ。
――もし、今また和代と出会った時に戻ったとしても、きっと同じことを繰り返したに違いない――
 と感じるはずだ。
 同じことを繰り返すのなら、一度思い出として残したものと同じものが残るかどうか分からないと思うと、繰り返すことを戸惑うだろう。だから、和代とは、
「やり直したいとは思わない」
 のである。
 もう一人の彼女、名前を莉奈と言ったが、莉奈とやり直したくないと思う理由は、
「未練が残っている」
 ということが一番の理由である。
 莉奈に対しては。理由は一つではないと思っている。いくつもの理由が重なって、やり直したくないのだ。
 莉奈に対しては絶えず複数の想いがあった。
 最初に感じた優越感と劣等感のように。莉奈に対して感じることには、同じ一つの想いであっても、感覚が複数あったのだ。
 それが莉奈に対して残っている未練に繋がってくるのではないだろうか。
 未練など、感情が複数にまたがっていなければなかったように思う。複数にまたがっていたことで、理解できない思いが頭の中に残ってしまい、本当は忘れてしまいたい相手を忘れることができなくなってしまっていた。
――ひょっとすると、莉奈の方が和代よりも好きだったのかも知れない――
 などという思いも残っているほどだ。
 莉奈が決して嫌いだったわけではない。むしろ、他の付き合った女性の中にはない何かがあったことで、莉奈は特別だと思っている。
 ここから先は、和代に対して感じている、
「やり直したいとは思わない」
 という感情に似ている。
 そういう意味では、他の女性たちとの自然消滅とは違うものではないかと思っている。しかし、どちらが、本当に自然なのかというと分からない。自然という言葉の定義が分からなくなってくるくらいだ。
 北村先生を前にして、そんなことを考えていると、先生にはお見通しではないかと思えるが、先生は信義が思い出していることに対して触れようとしない。
「先生は人の心理に入り込むことができるように思えてきましたよ」
 というと、
「その人が潜在的に持っている意識であれば見える気がするんだけど、その人が意識を記憶として思っていたり、逆に記憶を意識として感じていることに対しては、私は入り込むことができないですね」
「垣間見ることもですか?」
「垣間見ることくらいはできまずが、それ以上は完全に、相手の心の中に土足で踏み込むようなものですからね。それに、あなたくらいになれば、僕があなたの気持ちに入り込もうとしているのが分かっていると思うんですよ。だから、無意識に人の侵入を遮断するような意識が生まれるんでしょうね」
 もし、他の人で先生くらいに相手のことが分かる人がいるとすれば、きっと土足で踏み込むくらいはするかも知れないと思った。
 それが、信義が感じていた
――大学教授への偏見――
 と同じものではないだろうか。
「自然消滅と一口に言いきれないところがあるということも分かっているつもりだし、あなたが、私に自然消滅の話題を出したのは、相手によって、それぞれ違っているはずなのに、どうしていつも同じ結末になるかということを思っていたからかも知れませんね。でも、それはあなたが、自然消滅を、すべて同じものだと思っていたからだとは思うんですが、今ここで私と話をしているだけで、少し自分で分かってきたこともあるでしょう?」
「それはどういうことですか?」
「自分一人で抱えていると、どうしても先に行かないこともあるということですよ。人に話すだけで落ち着いた気分になれるっていう話を聞くこともあるでしょう? それと同じことですよ」
作品名:後ろに立つ者 作家名:森本晃次