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後ろに立つ者

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 まったくその通りだった。
 その時の話が頭の中にしばらくは沁みついていた。相手が大学の先生だから、こんな話をするのがうまいのだと思っていたが、先生と話をしていると、そうでもないようだ。
 話し方は気さくで、見下しているところが何もない。大学の先生というと、どうしても、理屈っぽく、冷静で話そうとしているところがある。
 それは、相手を見下しているように感じ、そのくせ、途中から激情的になってくる。相手が自分の話についてこれないのが分かると、急にムキになるのだ。
 信義はそれを確信犯だと思っている。
 見下しているのだから、自分の話に相手が付いてこれないのは、分かっていることである。逆についてこれない方が、それだけ相手よりも自分が優位に立っていることの証拠でもある。
 それなのに、ムキになるのは、自分の考えを相手に見透かされるのを恐れているからだという思いが頭をよぎるのではないかと思うのだ。
――まるで子供みたいだ――
 信義は、大学時代からそんな風に思っていた。
 熱心に研究に邁進している学生であるなら別だが、普通の大学生に対して優越感を抱いているのが、大学教授の正体だと思っていた。試験もいい加減で、自分が出版している本を持ち込み教材にして、
「本を買わせるための、露骨なやり方だ」
 と、学生が噂してもどこ吹く風、ひどい話として、本を買ったという証拠さえ見せれば単位をくれるというのだから、いい加減なものだ。
 もちろん、本一冊で単位がもらえるというのだから、利用しないわけにはいかない。教授も教授なら、学生も学生だと思いながらも、信義は利用させてもらい、無事に大学を卒業できたのだ。
 そんな教授は極端だが、なかなか教授と呼べそうな先生が大学で出会わなかったのも事実だ。
 しかし、この店で出会った教授は、
――本当に大学の先生なのか?
 と思うほど気さくで、まわりの人が、
「先生、先生」
 と言って恐縮していても、それを鼻に掛けたりはしない。
――相手が誰であろうとも、接し方に変わりない――
 という気持ちが表に出ているように思うのだが、まさしくその気持ちが、、相手を見透かしていないのだという何よりの証拠であった。
 自分が人より優れていると思っている人は、それが分かっていないのだ。言葉にすれば簡単だが、実際人と接すると、その気持ちを忘れずに接することができるのか、疑問に思えてくる。
 逆に人より優れていると思っていないように見える人でも、すぐに大切な気持ちを忘れてしまう人は、心の中で、相手に対して優越感を持っているのかも知れない。
 本人は隠しているつもりはなく、自分の中で一人ほくそ笑んで、自分の世界に入り込む人であれば、見る人が見れば、分かるのかも知れない。
 先生の名前は、北村先生と言った。信義は普通に、
「北村さん」
 と言えばいいのだろうが、最初に他の人に合わせて、
「北村先生」
 と言ったこともあって、今さら「さん付け」をできないように思えた。
――何か恥かしいな――
「さん付け」の方が話しやすいのだろうが、親しみ安すぎて、今さら言うのは、取ってつけたようで嫌だったのだ。
 先生は恋愛についての話をするのが好きなようだ。
「僕は、いつも自然消滅が多いんですよ」
 と話すと、少し先生は考えていたが、
「それは、君に責任があるわけではないが、辛いことかも知れないね」
「どういうことですか?」
「君は、自然消滅したことに対して、自分には責任がないと思っているだろう? ただ、自分の心の中のどうしようもない部分が影響しているからだと思っているからなのかも知れない」
 北村先生の話は、最初漠然としたものにしか聞こえなかった。
 自分が考えていたことに限りなく近い感じはしているが、平行線のように、交わることのない意見だと思えていた。
――北村先生の話が本当で、自分の考えが間違っているとしたら?
 と、考えたが、そもそもこの考えは、信義の考え方と基本的に違っている。
――考え方というのは人それぞれ、誰が正しいとか、間違っているとかいうことは、一概には言えない――
 と信義は常々思っている。
 しかし、相手から指摘されると、何か答えを見つけなければ我慢できないところがあった。それが、自分に焦りがあるのかも知れないという思いを抱かせることになった。指摘されたことが、自分にとって悪いことだと思ってしまうところが、信義にはあったのだ。
 その時に、考え方の正誤を考えたのは、相手が北村先生だったからなのかも知れない。
――やっぱり、相手に対して劣等感があるのかな?
 それが、なぜ尊敬の念であることにすぐに気付かなかったのか、自分でも分からなかった。ただ、どうしても、相手と比較してしまう自分を考えた時、正誤という納得のいく「結論」を求めようとしていた。
 別に比較する必要などないはずなのに、どうしても比較してしまうのは、それだけ自分の考えに自信がないからではないだろうか。
 自分の考えが不安定なので、しっかりしたものとして理解したいと思うと、
――まず他の人を基準に考えよう――
 という思いに駆られるのも無理のないことであろう。
 信義は、自分の考えがしっかり固まっていないことをいつも気にしていた。
 だから、絶えず何かを考えているのだろうと思うのだが、考えていることに結論など得られないという思いもめぐっている。
「どうしようもない部分というのは?」
「君は、きっと客観的にモノを考えることが多いんじゃないかな? 客観的に考えると、相手によっては、寂しさに繋がることかも知れないね」
「まさしくその通りなんです」
 ズバリ指摘されると、怖くなったが、それでも、最初に考えた、
――自分の考えに限りなく近いが、平行線のように交わることはない――
 という思いが変わることはなかった。
 そう思って、先生を見ていると、ニッコリと笑っていた。思わず、面白くない顔をしてしまったが、それはまるで自分のことを見透かされているようで、ひねくれてみたくなったからだが、すぐに大人げないことに気が付いて、今度は少し落ち込んだような表情になったと感じた。
「その表情が、寂しそうに感じるんですよ。自分では客観的に見ているつもりでいると思いますけど、相手には、自分を正面から見てくれていないと感じて、急に気持ちが萎えてくる……」
 それが女性の感情というものなのか。確かに信義から見れば分かっているつもりでいたが、相手からどのように見えているかというのが分からなかっただけに、どう相手と接していいか分からない。それが、自分の中で諦めの気持ちを生んで、最終的には自然消滅への道を歩み始めるのかも知れない。
 ここまで感情が萎えてくると、一番楽な別れ方は、自然消滅だ。
 ただ、自然消滅も最初はいいかも知れない。お互いに納得ずくで別れるのだから、どちらが傷つくということもない。
――それが一番幸いだ――
 と思うのだが、たまに、
――これこそ自己満足ではないのか?
 と思うようになっていた。
作品名:後ろに立つ者 作家名:森本晃次