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後ろに立つ者

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 だが、それは責任転嫁の意味合いが強かった。
 客観的に見ることが安心感に繋がったという構図を、最初は分からなかった。そのため、直子のことを意識したからだと自分に言い聞かせてしまったのだが、そのために、必要以上に直子のことを思い出すことになり、余計和代には、
――私を正面から見てくれていないんだわ――
 という思いに至らせたのかも知れない。
 信義が、
――この恋愛の結末は、自然消滅だ――
 と思った理由もそこにある。
 和代の後ろに里山がいて、佐藤がいる。そして信義の後ろには直子がいる。
 和代と信義の関係は、元々信義の一目惚れから始まったこと。
 お互いにゆっくりと積み重ねていくべきだったものを、まわりが勝手にお膳立てしてくれて、性急すぎたところもあった。
 まわりはしょせん他人事。客観的にしか見ていないということを分かっていなかったくせに、お互いが客観的に見始めたことには敏感に反応してしまった。何とも皮肉なことではないか。
 そういう意味で、この恋愛に終始付きまとっていた問題は、
――客観的――
 というキーワードに凝縮できるのかも知れない。
 結局、客観的にしか見ることのできなくなった二人は信義からきっかけを作り、お互いにお互いを避けるようになったことでの自然消滅だということになるのだ。

                   ◇

 和代と別れてから残ってしまったショックを解消するためには、自分を納得させるしかないと思った信義は、堂々巡りを繰り返しながら、冷静に自分たちの恋愛を分析して見た結果、これだけのことを感じたのだ。
 もちろん、勝手な想像なので、間違っているところも多々あるに違いないが、自分を納得させるという意味では、考えていることに間違いはなかった。
 和代と別れて一年が経った頃、やっとショックから抜け出し、和代とのことが思い出になっていった。時期的には長かったのだが、感覚的にはあっという間のことであったのは否定できない。
 一年が過ぎると、心機一転という気持ちになれた。そこで、やっと自分の「隠れ家」を探そうという気になったのだ。
 その頃は、新しい恋人を自分から探そうという気持ちにはなれなかった。やはり一目惚れは怖いという意識が残ったからだ。
 一人でいることの寂しさは抜けてきた。
――孤独も悪くない――
 という感覚が芽生えてきたからだ。
 そんな時、今まで見えなかったものが見えてくるというものでいつも通っている通勤の道のりで、その店を見つけた。
 普通の喫茶店なのだが、昔からの純喫茶のおもむきがあり、その頃にはカフェのチェーン店が多く見られるようになった頃だったので、純喫茶は珍しかったりした。
 その店は、ちょうど定年を迎えて、退職金で、店を始めたという夫婦が営んでいる店だった。
 昼のランチタイムはもちろんのこと、朝のモーニングの時間も、お客さんがいるのにはビックリした。
「近くの商店街の人が、開店前に来てくれるんですよ」
 と言っていた。
 なるほど、この店は確かに常連さんが多いようだった。
「僕も常連になれると嬉しいですね」
 というと、マスターはニッコリ笑って、
「もう常連ですよ」
 と言ってくれた。
 それは、店に行くようになって一か月ほど経ってからのことで、その一週間ほど前から、ランチタイム以外でも行くようになったからだ。
 その頃は、残業などほとんどなく、定時も午後五時半だったこともあり、店が午後八時までやっていることもあり、夕食をここで済ませる毎日が続いていたのだ。
 元々、この店に入ったのも偶然だった。
 昼休み、いつも行っていた定食屋さんがいっぱいで、どうしようかと会社の先輩と話していた時、ちょうど喫茶店の看板が見えたのだ。
 ランチタイムはさすがに老夫婦だけで賄えるものではなく、パートの女の子を二人雇っていた。先輩社員は、気さくな人だったので、パートの女の子と話が弾んだこともあって、結構楽しい雰囲気になった。
 そのうちに先輩が出張がちになり、昼食を一人で出かけるようになった信義は、すっかり昼のランチタイムでは常連になっていた。最初は老夫婦が店をやっているという意識がなかったので、仕事が終わって店に行ってみた時、ランチタイムの喧騒とした雰囲気とは打って変わった落ち着いた雰囲気に面喰いながらも、昼休みでは感じることのなかったレトロな雰囲気に初めて気づき、その時になってやっと、
――隠れ家になりそうな店だな――
 と感じたのだった。
 ランチタイムにはあまり意識していなかったが、ところどころ木目調が目立つ店内は、どこか山小屋を思わせる造りになっていた。テーブル席の横に掛けてある絵は、よく見ると店の表が描かれていて、
「お客さんの中に、油絵が趣味の方がおられて、その方からいただいたんです。ここに飾ってもらうと嬉しいということでね」
 常連のほとんどは、商店街に店を構える店長さん関係が多いが、中には芸術に造詣の深い人もいるようで、なかなか奥行きのある客層に、いかにも隠れ家を感じさせる雰囲気と合わせて、常連になるに十分な気がしていた。
 一番よく話をするのが、近所にある大学の教授だった。心理学の先生で、大学教授で、しかも心理学と聞くと、思わず尻込みをしてしまいそうだが、話をすると気さくな人で、職業を聞かなければ、
――物知りの気さくなおじさん――
 という雰囲気で好感が持てる。
 先生とは結構話も合った。本当は心理学に興味があるわけではなかったのに、話を聞いているだけで、自分が心理学に次第にのめりこむのではないかと思うほど楽しかった。
「心理学なんて、そんなに難しく考えることないんだよ。専門にやっていれば別だけど、基本は、誰もが頭に抱いていることを、いかに分かりやすく、そして納得できる結論を見出すかということに掛かっているだけだからね」
 と話してくれた。
「そうですね。僕は特に納得いかないことは信じないということが頭にあって、それが自分の行動や考えを先に進ませずに停滞させてしまうことが多かったように思うからですね」
 というと、
「自分の世界に入って考えると、どうしても自分だけの考えだと思いがちだけど、皆同じようなことを考えていると思うだけで、気が楽になる人もいますからね。でもあまりそれを表に出しすぎると、カリスマ性を伴ってしまい、宗教活動のようになってしまい、信仰心がついてこないと不安に陥ることになるかも知れません」
「僕の場合は、どちらかというと、他の人と同じでは嫌だと思うところがあってですね。納得いかないことは信じないという考えに至るのも、そのあたりに原因があるんじゃないかって思ったりもします」
 これは、会話の一部であるが、だいたい会話のパターンは似たり寄ったりだった。先生は、難しい言葉はほとんど使わずに、どちらかというと、信義の方が難しい言葉を使いたがる。
「必要以上に意識するというのも疲れますからね」
 と言ってはくれるが、
「意識しないと、不安に思うこともあるんですよ。これも因果だと思っていいんでしょうか?」
「因果というほど大げさなものではないでしょうけど、絶えず結論を求めようとするのって、疲れるだけですよ」
作品名:後ろに立つ者 作家名:森本晃次