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後ろに立つ者

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 と、考えているのも事実である。直子にとって、信義がどんな存在だったのか、今となっては、想像でしかないが、孤独な状態を変えることなく、一緒にいることができる相手だと思っていたのかも知れない。
 そういう意味で直子と別れた原因が、自然消滅であったのは、分かるような気がする。別れたくないという気持ちがある中で、
――解放してあげなくては――
 という中途半端な思いが、直子には敏感に感じ取れたのであろう。直子のように孤独を感じる女の子は、自分に対して中途半端な思いを抱いている相手に対しては、さりげなく別れるすべを持っているのではないだろうか。自然消滅という相手も自分も傷つかないやり方で別れることができる。それが直子の性格から現れる特徴なのだろう。
 直子は決して逃げているわけではない。もし、逃げ腰であれば、今度は信義が気付くであろう。
――直子は自分を避けているんだ――
 と思ってしまうと、意地でも別れたくないという気持ちになってしまう。
 そこに本心はなく、意地で動いているのだから、脆いものだ。あっという間に破局を迎えることになるだろう。同じ別れるのであれば、破局を迎えるよりも、当然自然消滅の方がマシである。
 波風を立てたくないという思いの方が、意地よりも強い。それは直子の性格であり、子供の頃の信義の性格でもあった。
 そんな信義の性格が変わったのはいつ頃だったのだろう?
 信義は、途中から意地の方が強くなっていた。かといって、波風を立てたくないという思いが弱くなったわけではない、社会人になってから、むしろ強くなったのではないかと思っている。
 だからこそ、余計に意地が強くなっていた。
――自分にウソをつきたくない――
 という思いがあるのは、信義だけに限ったことではない。自分にウソをつきたくないと感じると、自分が意地を張っていることに気付く。その意地がどこから来ているかというと、波風を立てたくないという思いが裏側にあるということを、実は意地を張っていると気付いたのと同時に感じたのである。
 同時に感じてしまうと、意地の方が強くなる。他の人がどうなのか分からないが、信義は自分が大人になってくるにつれて、そのことを感じるようになっていった。
 和代としょっちゅう喧嘩をしていたのは、意地の張り合いだと思っていた。だが、喧嘩をしている最中には、自分が意地を張っているなどという意識はない。世間一般の考え方に和代が逆らっているように見えたことで、戒めのつもりで意見をすると喧嘩になったり、逆に和代から、自分にとって寝耳に水の指摘を受けることで、言い知れぬ憤りを感じ、反発してしまったりしていた。
 本当は意地を張っているから喧嘩になるのであって、戒めを意地で返すことで、火に油を注ぐことになるのだった。そんなことも分からなかったのは、信義が和代の後ろに、里山を見ていたからだ。和代を好きになって、忘れられなくなったのも、里山の存在があったからであり、喧嘩の原因になったのも里山の存在があったからだ。
 では、自然消滅してしまった原因も、里山にあるのだろうか?
 信義は、里山が原因で自然消滅したのだと思いたくない。別れに際して、里山が原因にあったのは事実であろう。ただ、それを意識させないために、自然消滅という道を選んだのではないかと、今になって思えば、考えられないこともない。
――自分の感情のために、別れを選択した?
 これも、一つの意地なのかも知れない。相手から別れを切り出されるのも、自分から別れを言い出すのも嫌だった。そこに原因が里山であるということが歴然としてしまうからだ。
 別れるための原因を曖昧にするため、自然消滅の道を選んだとするならば、同じ自然消滅でも、直子の場合とは、まったく状況が異なっている。
 それにしても、一目惚れした相手に対し、最後は別れの原因を曖昧にしたいなどという理由で、自然消滅させるなど、今から考えれば、情けなく思えてくる。
 しかも、今から考えても、今までで一番好きになった相手というのは、和代だったのだ。直子に対しての思いも決して、浅いものではない。だが、和代に対して抱いた恋心に勝るものではなかった。
 異性に興味を持つ前に一緒にいたのだから、好きだったのかと言われると疑問が残るのが直子だった。もし、直子を意識したのが、異性に興味を持つようになった後だったら、一番好きだった相手が変わっていたかも知れない。だが、逆に異性に興味を持つ前だったから、直子に興味を抱いたのだという思いも湧いてくる。
 恋愛に、
――もし、だったら――
 という仮定があるとすれば、和代と直子に対して、どれだけたくさんの後悔が残ってしまったことだろう。
 康子は店に入ってから、少しマスターを相手に話をしていたようだが、信義の頭の中では和代と直子のことを想像してこともあって、あまり話を聞いていなかった。それよりも、孤独が似合うと思っていた康子も相手がいれば、結構饒舌なことに気が付くと、話をしている表情を見て、微笑ましく感じられるのだった。
 マスターは自分が最初に来た時も、老人と出会う前は会話に付き合ってくれた。話を合わせるのが上手なようだが、今の表情を見ていると、実に楽しそうだ。自分に対してもそうだったという意識はなかったが、客観的に人を見るというのも悪いことではない。
 あれから老人とこの店で会うことはなくなった。最初の頃は、
――今日は来ているだろうか?
 と、老人目当てにやってきていたが、いないならいないで、別に構わない。自分にとっての「隠れ家」を見つけたのだから、遅ればせながら、初めてきた時の気持ちに戻って、隠れ家を堪能すればいいのだ。
 それから、しばらくは、この店で自分を主人公としてではなく、他の客を客観的に見ることにして徹してみることにした。すると、結構楽しめることに気が付いたのだが、以前にも同じような思いをしていたのを思い出すと、また自分の中に懐かしさがこみ上げてくるのだった。
 あれは、和代と別れて一年以上経ってからのことだった。
 和代と別れたのは自然消滅だったくせに、ショックだけはしっかり残ってしまった。自然消滅の方が余計に気持ちの中でしこりが残ることがあるのか、まず感じたのが、
――これからどうしていいのか分からない――
 という漠然とした感覚だった。
 少し前までは、和代と結婚して、暖かい家庭を作りたいと思っていた自分の中でポッカリと大きな穴が空いたのだ。
「自然消滅なんだから、それまでに心の準備もできるだろう」
 と、いう人もいるかも知れないが、そうでもない。実際に別れてしまって我に返ると、
――自然消滅だった――
 と気付くわけで、それまでは自分が別れるなどということさえ、まるで他人事だったのだ。
 客観的に見ていたというわけではない。別れ自体が、別世界のように感じていたのだ。確かにいつも喧嘩が絶えなくて、他の人から見れば、
「あの二人、いつ別れても不思議じゃないわね」
 と思われていたことだろう。
作品名:後ろに立つ者 作家名:森本晃次