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後ろに立つ者

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 ニッコリ笑って、まるで自分を解放したかのようなマスターを見ることができるような気がしてくる。相変わらず口数は少ないかも知れないが、暖かさがそこにはあり、自分の作っている世界と信義の世界を共有できると思うからではないだろうか。
 信義の勝手な想像であるが、妄想ではないような気がする。マスターの笑った顔が想像できたのは、老人の話を納得できないまでも、理解することで、
――納得しなければいけないわけではないんだ――
 と感じたからだろう。
 他の客の中には、初めてこの店を訪れて、同じような気持ちになった人も少なくはないかも知れない。
 自分と近い考えであれば、発想の幅がいくらでも広がっていくので、限界なく想像していけると思うが、逆に想像もつかないことに気付いた時など、どのように自分を納得させようとするのだろう?
 まったく違った世界のことなので、何でもありと考える反面、想像できないことを妄想として頭に抱くことができるだろうか。
 その答えを模索していると、夢という観念が生まれてくる。
 夢というのは、潜在意識が見せるものだという発想から、
――想像には限界がある――
 と考える。
――人間は空を飛ぶことができない――
 という思いが頭の中にあるので、たとえ夢であっても、宙に浮くことはできても、自由に空を飛べるなどということはできないのだ。
 夢を見ている自分は客観的に見ていることが多いのだが、実際に願望が入ってくると、夢を見ている自分が主人公になっている。主人公として願望を果たそうとしても、空を飛んだことなどないので、空を飛んでいる時の目に飛び込んでくる光景を想像することができない。したがって、空を飛ぶことをいくら夢の中と言えども、想像することはできないのだ。
 康子がこの店のイメージを覚えているというのは、ウソではないと思う。以前にも来たことがあるのだろう。だが、それが本当に康子だったのか、ハッキリと間違いないとは言えない自分もいた。
 夢で見たというわけでもなさそうだ。康子は目を瞑って、少し顎を出すようにして、イメージを膨らませていたからだ。
 それは瞼の裏に写った光景をイメージしていた。
 瞼の裏に写った光景があるのは、夢ではない証拠ではないかと信義は思う。記憶の中にあるイメージが瞼の裏に写るからだ。目が覚めるにしたがって忘れていく夢は、確かに記憶のどこかに残っているのかも知れないが、決して瞼の裏には写らないと思っていた。
 それは信義の勝手な発想なのかも知れないが、同じことを感じているのは、信義だけではないと思うようになっていた。
 信義は康子の横顔を見ていると、昔のことを思い出していた。
 それは、和代のイメージだったのだが、和代も今康子がしているように、何かを思い出す時、よく目を閉じて顎を突き出すようにしてイメージしていたのだ。
 もっとも、これは二人に限ったことではないのかも知れないが、康子を見ていて、すぐに数十年も前の想いが浮かんでくるなど、偶然という言葉で片づけられるものではないはずだ。
 人の表情を形成しているもののほとんどは、相手の目線だと思っている。
――目は口程に物を言う――
 という言葉があるが、まさしくその通りである。
 相手に見つめられることで、一目惚れしてしまう人もいるくらいだ。
 信義が一目惚れをしたのは、後にも先にも和代だけだった。和代に対して一目惚れしたのは、別に彼女の視線に惚れたわけではなかったが、虚ろな表情が信義の心を揺さぶり、さらに針で射抜かれたような気がした瞬間があった。
――その時に、和代の視線を感じたのかも知れないな――
 今まで、和代に対して感じた一目惚れを深く考えたことはなかった。
――一目惚れは一目惚れであって、理屈ではないんだ――
 と思ったからである。
 和代の視線を、今となっては思い出すことができない。きっとそれは、一目惚れを感じた瞬間、つまり針で射抜かれた瞬間、信義は和代の視線を感じたことを忘れてしまったのだ。
 だから、今まで和代の視線に一目惚れの要素があったなど思ったこともないし、和代のイメージを思い出す時、一番最初に感じた、
――虚ろな表情――
 が頭に浮かんでくるだけだったのだ。
 自分も和代のように、目を瞑って顎を突き出してみるが、瞼の裏に誰かの表情が浮かんでくることはない。
 浮かんでくるのは、真っ赤な色の中に、毛細血管が無数に広がったような黒い線が蠢いているのを感じるだけだ。毛細血管は決してじっとしているわけではない。絶えず微妙に動いていて、まさに、
――蠢いている――
 という表現がピッタリであった。
 やはり一目惚れの瞬間、イメージを犠牲にするものがあったのかも知れない。
 和代とは付き合うようになってから、最初に感じたイメージは浮かんでこなくなった。彼女の気の強さと、孤独ではない寂しさを感じさせる雰囲気だけが頭の中に残っている。
 和代は孤独が似合うという発想を一番最初に持った。しかし、それは付き合っているうちに、
――メッキではないか――
 と思えてきたのだ。
 和代の中にあるのは、孤独から派生したであろう寂しさだった。
 寂しさは絶えず誰かを求めていないと自分を抑えることができなくなるものだ。今の信義にはそれを理解することができる。しかし、それを教えてくれたのは、その時の和代だったのだ。そのことを信義はずっと分からないでいた。きっとバーに行って、老人と話をするまでは理解することもできなかったに違いない。
――ひょっとして和代に一目惚れしたというのは、和代の中にある孤独を最初に見つけ、それが実は寂しさから来ていることだと分かったからなのかも知れない――
 と感じた。
 確かに、あの時、
――俺がそばにいてやりたい――
 と感じた。
 和代にそれまで付き合っている人がいると聞いた時も、ビックリはしたが、何となく分かったような気がしていた。それは、孤独の中にある寂しさを感じたからなのかも知れない。
――どうして、最近こんなに和代のことを思い出すのだろう?
 ただ、和代のことを思い出していると、その後ろにもう一人の女性を思い出す自分がいるのも感じている。相手は言わずと知れた直子だった。
 直子を思い出している自分と、和代を思い出している自分が本当に同じ自分なのかという疑問を感じることもあった。
 和代の後ろに直子を感じるのだが、和代を想像している時に、直子をイメージすることは難しい。なぜなら、直子は和代よりもさらに暗いイメージがあり、直子に感じるのは、寂しさではなく、孤独だったからだ。
 和代が一人でいるという発想が思い浮かばないのに対し、直子は一人でいるところしか想像できない。
 どちらを強く思い出したいかと聞かれれば、迷わず、
「直子の方だ」
 と、答えることだろう。
 しかし、直子のイメージはすでに幻のように思えてきた。それは時系列で古いものから記憶に封印されていくというわけではない。直子に対してのイメージは、
――寂しさではなく、孤独――
 という思いを抱いているからだった。
 孤独を感じている人は、一人にしてあげたいという気持ちも半分は頭の中にある。
――いい加減解放してあげなくては――
作品名:後ろに立つ者 作家名:森本晃次