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後ろに立つ者

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「いえ、たまたま通りかかった時に、ここにお店があることを知ったんですよ」
「ここの通りはあまり通らないのかい?」
「いえ、そんなことはないですね。毎日というわけではないですが、よく通る道ではあります」
「この店は、雰囲気が隠れ家みたいな店でしょう? あまり目立つわけでもない。だからこの店に入ってくる人のほとんどは、一人の客なんですよ。今あなたが行ったように、偶然見つけたという気持ちで入ってくるんですよね」
「そうですね、おっしゃる通りです」
 と、相槌を打った。さらに老人が続ける。
「でも、その偶然というのは、本当に偶然だったんでしょうかね? 何か気持ちの中で釈然としない思いを抱いている時、ふいにこの店が気になって、入ってくる人ばかりだと私は思うんですよ」
「確かにそうです。私も、今日は少し仕事の関係でむしゃくしゃしたところがあったのは事実ですからね。普段なら、気になったとしても、立ち寄ってみようとまでは思わなかったかも知れません」
「きっと普段の精神状態なら、この店の存在を意識することはないと思いますよ。ただ、一度意識してしまうと、気になって仕方がなくなる。でも、そう感じた時に入ってこないと、その人はこの店に入ってくることはないかも知れませんね」
「どうしてですか? 翌日またここに来てみればいいんじゃないんですか?」
「翌日になると、もうその人は前の日の精神状態ではなくなっているので、その人にこのお店を見つけることができなくなるんですよ。おかしいなと思ったとしても、誰かに確認してみるすべもない。だから、その人がもしこの店に来ようと思えば、最初気になった時のような精神状態になる必要がある。なかなかそれも難しいことですね。でも、一度気になった人は、もう一度同じ精神状態になることがあるんですよ。その時、初めてこのお店を発見する。そして中にやっと入ることができるんです」
「そんなものなんですかね?」
「ええ、だから、このお店に来た人は、前にも一度ここに来たことがあるような錯覚を起こすんですよ。入ってみたいと思った時に想像した店内の雰囲気が頭にあるからですね。そしてその気持ちは、怖いくらいに店の中の雰囲気を捉えている。だから、余計にこの店を見つけた時、以前入ってみたいと感じたことを忘れてしまうのかも知れません。ここはそんな不思議な雰囲気を持ったお店なんです」
「あなたも同じだったんですか?」
 と聞いてみると、老人はしばし黙っていたが、
「ええ、そうですね」
 と、おもむろに答えた。ただ、その声のトーンは低く、背筋に響くような声だったことが、胸の鼓動を呼び起こしたのだった。

                   ◇

 老人の話を聞きながら、ビールを呑んでいると、
――初めてきたような気がしない――
 と、ついさっき感じたことを思い出した。
――まるで気持ちを見透かされているようだ――
 信義の疑問を分かっていて、それを解消させる一番の答えを老人が用意してくれたかのように思えた。
 話の内容があまりにも突飛すぎて、本質的に理解できないが、理屈は合っている。そう思うと、
――老人が納得のいく答えを用意してくれたんだ――
 と感じるのも無理のないことだと思えた。
 信義は、老人の話を半信半疑で聞いていたが、そのうちに老人の話に信憑性が感じられてきたことに気付いた。
――この老人とも、初めて会ったような気がしない――
 同じように、説得されて、納得の行く答えを以前聞かされた相手がいたのを思い出し、それが目の前にいる老人だったのではないかと思ったのだ。
 その時の人がどんな雰囲気だったのか、まったく忘れてしまっていた。納得させられたことで崇拝に値する相手だということを感じたが、その人とどこで、どのように出会ったのかすら記憶になかった。まるで意図的に、相手に記憶から消されたように忽然と消えてしまっていたのである。
 信義にとって、納得させられたことが何だったのかは覚えていないが、確実に自分が一歩前に進んだという意識だけはあった。納得という事実だけしかないことで、憤りのようなものを感じていたが、
――必要以上に意識しなくてもいいのだ――
 と諭されているようで、あまり意識しないようにしていた。
 実際に、そんなことがあったなどということを、ほとんど忘れていたくらいだったが、それをこの店で、初めて会った老人から思い出さされるとは思わなかった。
――きっとあの時の人と、この老人とでは別人に違いない――
 信義は漠然と感じた。
 その思いが間違いではなかったと感じたのは、次回この店を訪れた時だった。
 その時、老人のことをしっかりと覚えていたし、老人も信義を覚えている。信義は老人と一緒にいることが、この店での自分の立ち位置のように思えたくらいだった。
 女の子二人組は信義を意識しながら、自分たちの話に入り込んでいた。疑問に感じたのは、
――なぜ、老人を意識しないのだろう?
 ということだった。
 その思いを察したのか、老人は言う。
「彼女たちは、わしを意識していないんじゃなくって、わしの存在自体を意識していないんだよ」
「どういうことですか?」
「二人のうちの一人は、元々このお店に一人で入ってきた人で、わしと話をしたことがある人なんだよ。彼女は、いつも一人でいることが自分で好きだと言っていた。人とコミュニケーションを取ることができないってね。でも、わしには分かっていた。彼女はコミュニケーションができないからいつも一人でいたわけではなくて、彼女自身の自分の世界をずっと持ち続けられる人だから、自分でそれが一番だと思っているとね」
「それはどういうことですか?」
「彼女には趣味があって、それが一人の自分の時間を形成していた。一人でする趣味は、えてして他の人の介入を許さないところがあるだろう? 彼女もその一人だったんだけど、寂しさが彼女の中にあって、本来は自分一人の時間を楽しんでいるのが一番自分らしいと思っていたはずなのに、迷いが生じた。だから、この店に入ってきたんだろうね」
 その気持ちは信義にも分かった気がした。
 信義には、一人になれる趣味はないが、一人でコツコツするような仕事を任されていることに満足していた。だから、人から何かを言われたり干渉されると、必要以上に神経が過敏になっていた。
 老人の話は、いちいち信義の考えていることを代弁してくれているように思えて、ますます老人を凝視している自分に気付かないまま、話にのめりこんでいた。
「その彼女も、今は自分の趣味を共有できる相手に巡り合ったようなんだ。だから、本来なら自分の隠れ家にしていたこのお店に相手を連れてくるようになる。それはそれでいいことなのだとわしは思うのだが、その代わり、隠れ家としての店ではなくなってしまったのかも知れないね」
「じゃあ、僕も誰か他の人を連れてくると、あなたが見えなくなってしまうということになるのかな?」
作品名:後ろに立つ者 作家名:森本晃次