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後ろに立つ者

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 と言えるのではないかとも思っていた。
 康子を見ていて、昔のことを思い出したのも、意識が芽生えたからなのかも知れない。康子の中に、和代を見たのは確かだったが、ここまでリアルに和代とのことを思い出したのも久しぶりだ。
 和代と別れたのは、自然消滅だったので、思い出といっても、自分の記憶の中で完全に繋がっていたわけではない。それを別れてから初めてと言っていいほど結びつけられたのは実に不思議なことだった。
――直子のことを一緒に思い出したからなのかも知れないな――
 本当はタブーではないかと思っていた、二人のことを同時に思い出すということ、できるはずもないことを、無意識に感じたのだ。それは、過去を思い出しながらでも、現在自分が康子の前に鎮座しているという意識を思っていたよりも薄れさせていないからではないだろうか。
 康子は一生懸命に本を読んでいた。きっと本の世界に康子も入り込んでいたに違いない。だが、康子は本の世界に入り込みながら、目の前にいる信義のことを意識していたのではないだろうか。
 そう思うと、今日の信義のように、康子も普段と違った感覚に戸惑っているのかも知れない。
 ただ、目の前にいる康子に戸惑いは感じられない。それは、普段と違った感覚ではありながら、普段から一定した意識をいつも持ち続けているわけではないと言えるのではないか。
――若さゆえなのかな?
 信義は、自分が康子くらいの年齢の頃を思い出していた。
――確かに不安定な時期だった。不安もあれば期待もある。ただ、ちょっとだけ期待の方が大きいと、あの頃は思っていたな――
 だが、今は逆だった。あの頃の自分を客観的に思い出してみると、期待よりも不安の方が強かったように思う。
 それは、やはり自分のことを表から見ることができないからであろう。後になって思い出す分には、鏡を使わずとも、自分を見ることができる。そう思うと、昔の自分は、自分ではないということになるのかも知れない。
 そんなことはないのだろうが、そう思っているからこそ、客観的に見ることができ、
――過去より現在、現在よりも未来――
 と、時系列で見つめていくことができるのだと思っている。
 今の康子も昔の自分のように、不安よりも期待の方が大きいのだろう。過去を振り返るよりも未来を見つめる感覚、確かに昔の信義にもあった。
 そういう意味では確かに昔の自分が「他人」だ。不安に苛まれている今から思えば、羨ましさを感じる「他人」なのである。
 信義も康子くらいの頃、よく本を読んだものだった。ほとんどがミステリーだったが、奇妙な話も好んで読んだのを思い出していた。
――普通に暮らしている主人公が、ある日突然不思議な世界への扉を開いてしまって、それまでは自分の意志で動いていたはずなのに、その日から、不思議な世界に操られるようになった――
 そんな話のバリエーションだったような気がする。
 そういう小説は、最後の数行が命であった。長編であっても、短編であっても、最後の数行にそれまで書いてきた内容を凝縮するようなホラーが隠されている。それを恐怖と感じるか、それとも妄想として考えるかによって、読者の性格と、作者の意図が絡み合うことで、一つの世界が生まれる。
 つまり、そういう小説は、本の数だけ世界があるのだ。そして、それこそが作者の意図であり、読者が本の世界に入り込んで最後に自分が掴む、
――その人独自の世界――
 なのである。
 信義は、今また、そんな作品の一つを思い出していた。それは信義が大学時代、先輩に連れていってもらったスナックで、カウンターの中にいた女の子が紹介してくれた小説だった。
 ちょうどその時、失恋したばかりで、ショックが残っている時期だった。恋愛と言っても、二度ほどデートしただけで、和代との間での交際ほど親密ではなかった。お約束の自然消滅を迎えたわけだが、残ったのは、
――何をしていいのか分からない――
 という虚脱感だけだった。
 前の日までは、有頂天だった自分が急に虚脱感だけに見舞われる。気持ちの上で、天と地の開きのある状態に、精神が耐えきれなかったのだ。
 他の人から見れば、違った意味でのショックを感じていたかも知れない。話を聞いて慰めてくれる友達がいたくらいだ。
――ただ、話を聞いてもらえればそれでいい――
 と感じていた信義は、一人になるのが嫌だったのだ。
 その友達が連れていってくれたスナック、失恋した時にスナックに来るというのは、少し惨めな感じもしたが、まわりの人が慰めてくれるのを感じていると、
――甘えるのもいいかも知れない――
 と、その場の雰囲気に埋もれていた自分がいたのだ。
 その時教えてくれた小説は、信義にある意味のショックを与えた。
――こんな小説があるんだ――
 一度目に読んだ時は、気が付いたら終わっていた。
――どこに楽しさがあるのか――
 というところだけを見て読んでいたからである。だが、二度目に読むと、今度は、
――最初とイメージが違う――
 と感じた。
 三度目に読むと、初めてそこで、小説の面白さが分かった。
――これこそ、大人の小説なんだ――
 と感じさせた。
――玄人好みのブラックユーモア――
 が、小説のコンセプトではないだろうか。今までに感じたことのない感覚がどこから来るのだろうと思っていると、最後の数行に、内容が凝縮されていることに気付いたからだ。その途中はすべて、ラストへの伏線であった。
――事実は小説よりも奇なり――
 という言葉があるが、この小説は、小説ではなく、「事実」が書かれているような気がした。
――こんな奇妙な世界。誰も見たことあるはずないじゃないか――
 だからこそ、自由に書ける。自由なのだからこそ、読者も自由に発想できる。それを分かっていて、自由に発想する読者すべてを満足させることなど不可能だ。そう思うから、一度読んだだけでは内容が分かるはずもなく、二度目には違ったイメージを植え付けられる。そして、やっと三度目で輪郭が浮かび上がってくることで、そこまで来ると読者の発想と、作者の意図とが本の世界の中で、「共有」するのである。
――本を読むのっていいよな――
 と、感じたのは、その時が初めてだったのだ。
 小説を読んでいると、康子の目が少しトロンとしてきたのを感じた。
 それは睡魔に襲われた目ではないようだった。何か妄想した後の目に感じられた。
――俺が康子くらいの頃も、あんな目をしていたのかな?
 と思うと、少し怖い気がしてきた。自分が何かを妄想していた時間は、本当の自分ではないと思うようになった信義が一番知りたくない自分の一面だったのだ。
 トロンとした目の中に、薄らと青白い光りのようなものを感じる。
――まるで猫の目のようだ――
 と感じたが、その目は闇の中でしか見ることができないと思っていただけに、明るいところで見ると、気持ち悪さから、背筋に寒気を感じた。
――他の人が見れば、きっと眠たくなったと思うんだろうな――
 と感じた。
 睡魔が襲ってきたことを感じるのは、
――本を読んでいると眠くなる――
 という言葉を信じて疑わない意識があるからで、少しでも疑いを持つと、猫の目を感じることになるだろう。
作品名:後ろに立つ者 作家名:森本晃次