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後ろに立つ者

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 それまでは、いい人がいれば結婚したいと思っていた。当然、誰かと付き合うと、結婚という二文字が頭をちらつく年齢だからである。だが、実際に何人かと付き合ってみたが、結婚にまで至る相手ではなかった。お互いにそう思ったからなのだろうが、信義の方が最初にそう感じたことが、多かったに違いない。
 結婚願望が薄くなることに、年齢にこだわる必要があるのかと考えるが、その頃から、毎日が惰性に感じられるようになったのも事実だった。それまでは、一日一日が短く感じられる時は、一週間が長く感じられ、逆に一日一日は長く感じられる時は、一週間があっという間だった。
 それなのに、それからしばらくは、一日一日も、一週間もあっという間に過ぎて行ったのだ。
 過去のことを思い出すには、時系列に沿って思い出すのだろう。あっという間に時間が過ぎていると感じている時には、その時系列が見えてこない。ちょっと考えればすぐに分かりそうな時系列の順番だが、あっという間に時間が過ぎてくると、過去というものが、はるか遠くに感じられる。
 今まで以上にはるか遠くであれば、十年前も二十年前も、豆粒のように小さく見えてしまい、どちらが前のことだったかすら意識できなくなる。そのため、片方を思い出すと、もう片方を思い出すことはできない。なぜなら、二つとも、恋愛に関係のあることだからだ。
 同じ内容のことを見ようとすると、前が邪魔をして、その先が見えないものだが、それぞれに見えるように工夫が施されているかのように思えてくる。
――今まで付き合った女性の中で、一、二を争うのは和代と直子の二人だが、甲乙つけがたい相手としてそれ以外の女性とは、まったく違う――
 と感じていたが、それも二人が似ているからというわけではない。
 雰囲気は似ているが、性格はむしろ正反対ではないだろうか。信義は、直子の面影を見ながら和代に一目惚れしたはずだったが、実際に付き合ってみると、衝突が絶えなかった。信義は、直子の雰囲気の中に、
――従順さ――
 を見ていた。だから、和代にも同じような従順さを求めたはずだったのに、付き合ってみると、従順どころか、自己主張の激しさに、最初はビックリした。
 それでも、一目惚れしてしまったことで離れられなくなったと思ったのか、必死に食らいついていて行ったのだ。
 自己主張の激しさという意味では、結婚願望のなくなった信義に表れた性格だった。持って生まれたものが今まで表に出てこなかっただけなのか、結婚願望がなくなった時点で自分を解放したことでの想いが、自己主張に繋がって行ったのかも知れない。
 信義がここまで考えてきて気付いたのが、
――俺は相手に性格を合わせてしまうところがあるようだ――
 直子のような従順な相手に対しては、命令口調な態度をさぞかし取っていたのではないかと思っていたが、よくよく思い返してみると、命令などしたことは一度もなかった。しいて言えば、何も言わなかったのである。
 何も言わずとも、二人に共通した時間が成立した。何も言葉だけが、コミュニケーションではないと思わせる。大人になってから、
「言わないと、相手には分からない」
 という理屈に遭遇し、
――大人の方が、ややこしいな――
 と、思ったほどだった。
 ただ、それを教えられた最初の相手が和代だったというのも皮肉なもので、学生時代にも知る機会はあっただろうが、自分から、目を逸らしていたように思えた。
 直子と雰囲気が似ているので、無口なイメージを持っていて、こちらから話しかけると、和代は必ず理屈づめで返してくる。
――そんな雰囲気はなかったんだけどな――
 ここからが惚れた者の弱み、少々の性格は、目を瞑ろうと思っていた。だが、そんな気持ちは伝わるものなのか、
「そんな、上から目線で見ないでよ」
 と言われる。
 そんなつもりはないのに、言われてみて、ハッとした。
――直子に対しては、直子自身、何も言わなかったが、俺の方から上から目線で見ていたんだ――
 と思った。だから信義を嫌になったのかも知れないと思うと、彼女と自然消滅したことよりも、上から目線であったことに気付かなかったことに腹が立ったのだ。
――自然消滅だと思っていたのは、上から目線で見るから、別れた原因が見えなかったのかも知れないな――
 と感じた。
 昔のことを思い出していると、何となく睡魔を感じてきた。その時々では精神的に大変なことであったが、後になって思い出してみると冷静に思える。時系列にはやはり並ばなかったが、一つを思い出すと、さらに過去を思い出す。それによって、段階を踏んで過去を思い出していくことに、安心感のようなものを感じるのだった。

                 ◇

 四十五歳になった今、直子と和代のことを同じ感情の中で一緒に思い出すなど、久しくなかったことだ。深夜のファミレスという環境のせいか、それとも目の前にいる康子に、和代の面影を感じたからなのか、不思議な気分になっていた。
「信義さんは、年齢的にはおじさんだけど、見ている限りおじさんには感じないのよね」
 と康子は話してくれた。
 嬉しい限りではあるが、やはり康子の口から「おじさん」という言葉を聞くとドキッとする。確かにおじさんと言われても仕方がない年齢だが、面と向かって言われると、ドキッとさせられてしまう。
 それは年齢的なものより、深夜のファミレスに一人でいるような女の子からおじさんと言われるのは、援助交際の匂いがしてきても仕方がない。それはもちろん犯罪ではあるし、そんなことにお金を使いたくもない。ただ、匂いには悪いものは感じない。むしろ、匂いだけでも味わっていたいと思うほどの甘美なものだ。
 信義は、康子の中に和代を感じた。しかし、雰囲気的にはまったく似ていない。活気なところは似ているような気がするが、もし、康子と喧嘩になったら、敵わないような気がしてきた。
――年齢的な差が、邪魔をするかも知れない――
 と思ったからだ。
 どうしても、父親が娘に説教をするような口調になることだろう。そうなってしまえば、親でもないのに、親のような顔をしてしまうと、完全に相手から見限られてしまうに違いない。
 娘のいない信義に、説教などできるはずもなく、喧嘩にもならないかも知れない。康子はそんな信義をどんな目で見るだろう? 上から目線になってしまうのだろうか?
 康子を見ていれば、彼女がそんな女の子ではないことは分かっているように思うのだが、それは喧嘩にならなかったというとしても、上から目線で見られるだろうか。康子の中に和代を見たとすれば、活気なところではなく、もっと他の雰囲気を感じたに違いない。
 それは、他の人では感じることのないものであろう。もしも、和代も康子も二人とも知っている人がいたとしても、その人の目と、信義の目ではまったく違った角度から二人を見ているようだ。
 その人に比べて信義の視線はずっと低い。二人を見上げるような視線になっているのではないだろうか。
 和代と康子の違いは、そこにある。下から見上げる相手に対し、上から目線で見るのが和代であり、康子には上から目線で相手を見ることができない性格に思えたが、違うだろうか?
作品名:後ろに立つ者 作家名:森本晃次