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後ろに立つ者

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 信義には、
――先駆者に対しては、どうあがいても勝てないんだ――
 という思いがある。年長者に対しての思いもそうであるし、何かを先に始めた人がいれば、どんなに自分の方が上達しても、先に始めたということでの敬意があったのだ。
 そういう意味でも、里山が死んでしまったということに対して、信義は複雑な気分である。
 普通であれば、
――ライバルはいなくなった――
 と思って安心するものであろうが、簡単にそうはいかない。逆に不安が募ったという気持ちもあるのだ。
 相手が死んでしまっては、和代にとって、最後の印象から、それ以上でもそれ以下にもなることはない。和代がいまだに里山のことを気にしているのだとすれば、里山は和代の気持ちの中で永遠に生き続けるのだ。
 しかし、実際に接している人間には、色褪せることもある。和代が信義に対して色褪せたイメージを持ってしまえば、里山の存在が大きくなり、信義のところに永遠に戻ってこないことも考えられる。
 だが、その考えは思い過ごしであることを教えてくれたのは、佐藤だった。
 里山という男が会社を辞めたのは、新しく付き合い始めた女性のせいだということだったらしい。佐藤はそのことをなぜ知っていたかというと、
「里山に相談されたんだよ。もう、その時には和代さんのことは頭の中になかったようだったので、僕も里山の相談に乗ってあげたんだけどね」
 佐藤が里山にどんな話をしたのかは分からないが、少し腑に落ちない気がしたのも事実だった。
「その時、里山は必死な様子だったので、僕が問い詰めたんですよ。最初は、和代さんへの未練で僕に会いに来たと思っていましたからね」
 と、佐藤は続けた。
 確かに、佐藤は里山が訪ねてきたとはさっき話してくれたが、思い出したかのように、今さら里山に他に女性がいたということを信義に話そうとしたのだろうか?
「でも、佐藤さんはさっき、里山さんは和代と別れたくなかったんじゃないかって言ってましたよね? それをどうして今他に女性がいたって話してくれたんですか?」
「最初は、君に話すつもりはなかったんだよ。里山の名誉もあるだろうと思ってね。第一死んだ人間のことを悪くいうことになると思ったからね。でも、ここで話をしておかないと、この話を僕は誰にもすることはないと感じたのさ。僕には、このことを自分の胸だけに収めておく自信がなかったので、君に話してしまおうと思ったんだろうね」
「そうなんですね。もちろん、僕はこのことを口外するつもりはないし、和代に話す気はないですよ。でも、和代は知っているかも知れないですね」
 自分との喧嘩の激しさは、きっと和代がこの事実を知っていたからではないかと思うのはおかしいだろうか? 佐藤には必要以上の話をしようとは思わなかったので、そのことを打ち明ける気がしなかった。
 打ち明ける気にならなかったもう一つの理由は、
――佐藤は、必要以上のことを話してくれる――
 と思ったからだ。
 喧嘩の理由についていろいろ考えていることを話したとすれば、自分が知りたくもないことを吹き込まれる危険性がある。
 吹き込まれるというよりも、佐藤の主観が入った話を聞きたくなかった。佐藤という男は、今は客観的に話をしてくれているが、内容は結構心理の奥深くにグサリとくさびを打ち込んだような話になっていた。客観的な話でそうなのだから、主観的になってしまったらどこかで話が発展するというのだろう? それを思うと、恐ろしさが背筋に汗を掻かせるのだった。
 佐藤からいろいろな話を聞かされてから、しばらくは和代とは小康状態だった。
 和代と喧嘩をすることもなく、普通の男女の付き合いになった。
――最初に喧嘩をすることで、膿のようなものが出きってしまったかな?
 といい方に考えようとした。
 平穏な付き合いは、安心感に繋がるわけではないが、呼吸を整えることができるニュートラルな状態であった。
 そこからが、今から思い返しても自分でハッキリと思い出せないところが多い。何しろ和代との別れが、自然消滅だったのだからである。
――まるで直子の時のようだ――
 直子の時にも、自然消滅で別れてしまった。
 確かに異性に興味を持つ前だったので、自然消滅に対して、その時違和感はなかった。だが、和代と別れた時の自然消滅にも違和感を感じたという思いはさほどなかったのである。
――どういうことなんだ?
 自然消滅するような仲ではなかったはずだ。少なくとも、信義は和代に対しては一目惚れで、それまでの恋愛感情とは明らかに違っていた。
 今から考えても、和代ほど好きだった女性はいなかったのではないかと思えるくらいだ。
 自然消滅であっても、気持ちの中で、
――和代ほどのオンナはいない――
 という思いがあったのだろうか?
 それなのに、別れが近づいたと思っても、それに対して対策を考えたり、なぜ別れが近づいたかということをもっと深く考えようとしなかったのかということを掘り下げなかったのか、自分でも分からない。
 信義は今までに何度も失恋はしたが、自然消滅はこの二つだけだった。ほとんどが相手から愛想を尽かされることが多く、別れた後も、
――これから何を楽しみに生きればいいんだ――
 と思うことはあったが、相手の女性への未練はなかった。
 むしろ直子に対しても和代に対しても、別れてからしばらくして、別れた相手に対しての未練が込み上がってくるのだ。その時には、すでにショックから立ち直っていた。いや、そもそも自然消滅なのだから、ショックと言えるものがあったかどうか疑問だが、本人はショックのようなものを感じていたのだ。
――俺は、つくづく自然消滅が好きなんだな――
 呆れかえったように溜息をついた。
 それなのに、ショックが残っていることが自分でも不思議だった。
 自然消滅から感じられないものとして、寂しさはないだろうと思っていた。直子の時には寂しさはなかったが、あの頃はまだ異性に対しての意識がなかったからだ。だが、もし異性に対しての意識が生まれてから直子と出会っていたらどうであろう? 直子と付き合ったであろうか?
 信義は、付き合うことはなかったと思う。中学生の直子は、中学生になった時の信義が見た時、平凡な女の子に見えたのだ。
 小学生の頃、一緒にいた直子は、どこか他の女の子と違っていた。信義を意識しているわけではないのに、なぜか、いつもそばにいたのだ。
「何で、俺のそばにいつもお前がいるんだ?」
 と、聞いたことがあった。その時、直子は寂しそうな表情を浮かべ、泣き出しそうになっていた。
――こんな顔見たことないぞ――
 それまで知っているはずの直子ではなくなってしまった気がしたのだ。
 今の信義は、直子を思い出すと和代が記憶から薄れてくる。和代を思い出すと、直子が記憶から薄れてくる。
 三十歳代くらいまでは、どちらかを思い出すと、どちらかも一緒に思い出していた。それが急に一人を思い出すと、もう一人を忘れるようになったのだが、それがなぜだったのか、最近になって分かってきたような気がする。
――結婚願望がなくなってからだ――
作品名:後ろに立つ者 作家名:森本晃次