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師恩

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店主は生粋の広東語を話す。洋装をきちんと着こなした孫文一行を上階の窓辺にある優雅な個室へ案内した。個室の窓からは迫る山と遥かな海が一望出来、人をうっとりさせる。
給仕がお茶を持ってくるが、店主はそれを遮って、自ら茶器をテーブルに置き、すぐに給仕と共に支度をしに階下へ向うが、その時、そっと個室の扉を閉めた。
孫文はその様子を見て、“個々の店主は丁というが、その名の通り釘(丁と釘は同音)のように信頼できる人物なんだよ”と言いながら、傍らの小さな革のカバンを開けて、タオル地の浴衣などの衣類の下から一束の書簡を取り出した。
“私と慶鈴は明日南洋へ募金に出かけ、武装の準備を始めます。これらの書簡は非常に重要です。?卿さんに郵送をお願いします!”孫文は手にした書簡を丁重に秋瑾に手渡す。
“謹んで承ります!”と秋瑾は両手で受け取る。目を落として書簡に書かれた孫文直筆の宛先を注意深く見た。章太炎、黄興、宋教仁、胡漢民、蔡元培、陶成章――見ているうちに息遣いが激しくなっていくのを感じ、最後に徐錫麟の三文字を見たとき、すぐさま目を大きく見開いて、孫文をまっすぐに見つめた。
孫文は笑って:“どうですか、皆、同郷の方々の錚錚たるお名前でしょう?”
秋瑾は厳粛な面持ちで:“重任を仰せつかったからには、必ず使命を全うします!”というや即座に書簡を自分の手提げかばんにしまい込み、両手でしっかり押さえて離さない。
宋慶齢は微笑んで秋瑾の手の甲を優しく撫でて:“秋さん――”と声をかける。
孫文が “しっ――”と人さし指で唇を押さえる。果たして、“トン、トン”とノックの音。
給仕が大皿に盛った前菜を運んできて、テーブルの中央に置いて、テーブルを回す。見ると、色とりどりで、形も独特だ。主人の丁がいっぱいに酒を満たした錫の酒壺を提げてきて、テーブルの上に置き、興味深げに説明する:“中山先生も私も広東人ですから、食にはこだわりがあります。今日の最初の料理は広東の著名な料理「百・鳥・朝・鳳(百鳥鳳に謁見す)」です!”
“丁さん、実に気が利いていますね。この「百鳥朝鳳」正に私たちに向っていますよ!”孫文が言葉に謎をかけると、
“あら!この鳳の頭、ちょうど秋さんに向いているわ――”と慶鈴がズバリと言い当てる。
秋瑾ははっと気づいて、驚いて言う。:“わあ!私、恐れ多くてとても……”
“百鳥朝鳳(百鳥鳳に謁見す)、つまり衆望所帰(衆望の帰するところ)。さあ、乾杯しましょう!”孫文はテーブルの錫の酒壺を指して秋瑾に:“?卿さん、この酒壺、古式ゆかしくてどこかあなたの故郷紹興の民芸品に似ていますね。”
“確かに、紹興ではよく見かけます。私の家にもあります。”秋瑾は誇らしく感じた。
孫文は顔を挙げて傍らの主人・丁に尋ねる:“丁さん、この酒壺には何の酒が入っているのかね?”
主人・丁は振り返って給仕がいるかいないか確かめて、にこにこと答える:“三十年物の状元紅です!”
“まあ! 紹興の名酒、工芸品の錫の壺、貴重品が一堂に会しましたね!”慶齢が感嘆する。
“ふん、惜しむべきは!”孫文が頭を横に振って:“状元という二文字には封建時代の科挙の意識が強くてそぐわないな。酒の名前、改められるものなら改めて、酒の香りだけを広めたいものだが”と言う。
“では、どう改めるのですか? 何千何百年と受け継がれた名酒ですよ!”慶齢がいぶかる。
“いいぞ!それがいい!”孫文は大いに啓発されたようで、“改めるには、その何千何百という根本から改めるのだよ、紹興の古代の名は越だから「古越」と呼べる!”
“そうだ!” 秋瑾も同意する。“古越と言えば龍山、酒の名前は「龍山古越」としては如何でしょうか?”
“妙案だ!”孫文はテーブルを叩いて絶賛し、続けてこう言った。“こうすれば、封建時代の科挙の色彩は消される。状元を改めて、我が子が龍になることを望む気持ちを当てはめる。紹興龍山の宝が代々受け継がれる!”
宋慶齢もすっかり感心して:“本当にうまく改まったわ、お祝いしなくちゃね!”
 機転の利く主人・丁はすぐにそれぞれに酒を注ぐ。孫文が先ず立って盃を掲げ、小さいが力強い声で誓う:“同盟会が壮大な計画を展開し、盃の酒の香りが代々香り続けるように、乾杯――”
“乾杯!!!”その声は小さくとも、込められた意味は重く、雷の轟のように海と空を振るわせた……

(十五)
“号外!号外! 清国留学生取締規則が本日発布されたよ!”
“騒動は必至!号外――、号外!”
東京留学生会館の外は、がやがやと騒ぐ声に包まれている、新聞売りの叫び声も周りの人々の喧騒にかき消された……。
(特殊撮影)「朝陽新聞」社説:無作法にして卑劣、団結力乏しい。
カメラが遠ざかると、陳天華など多くの中国人学生が、義憤を胸に、これ以上耐えられないとばかり、大声で騒ぎ、押し合いへし合いする姿が映し出される。
陳天華:“けしからん!無垢な学生をなぜ取り締まるんだ?”
一人の若い学生はすっかりしょげきった情けない様子で:“僕たちは日本に来たばかりなのに、取り締まられたらどうすればいいんだ?……”と言い、そばにいる若い女学生は泣きじゃくっている。
周樹人と周作人兄弟は人込みを掻きわけて進んでいくと新聞を取り上げてざっと目を通した。
“みんな!慌てないで、慌てないでください!”周樹人は冷静に言う:“日本語の「取締」と中国語の「取締」は意味が違います。新聞に載っている「取締」は監督し管理するという意味です……”
ある者は“我々は学問に邁進しているのに、何をもって監督するというのだ?”と言う。
 またある者は“監督なら取り消すよりましだ。勉強は続けられるのだから!”と言う。
そして“東へ行けば監督され、西へ行けば管理されては、どんな学問をしろと言うんだ?”と言う者もある。
“誰が管理教育するのか?何を管理教育するのか?”
“管理教育を始めたら、きりがなくなるだろう。悪くすれば、何か罪名をでっちあげて、国外退去させられないとも限らない。それでも、中国語の取締とは違うというのか?”
“つまりだ、取締だろうが、管理教育だろうが、我々は受け入れられない!新聞社へ行って交渉すべきだ!”
“そうだ、それに政府とも交渉すべきだ! 勇気のある者、行くぞ!”
陳天華は率先して、数人を連れて外へ飛び出していった。許寿裳は、踏み出していこうとするが、周樹人に腕をつかまれて止められた。周作人もその肩を数回たたいて、頷いている……

「朝陽新聞」新聞社編集部の会議室。
長方形の会議机の片側に新聞社の編集長と政府機関の外務官が着席している。もう一方には清国留学生の代表陳天華たちが着席している。
作品名:師恩 作家名:芹川維忠