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師恩

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“わー!”と、学生たちはこらえきれずに興奮し始めた。
“皆さん御覧なさい”と藤野先生はその丁寧な造りの木の箱を指さして、さらに謎をかけるように“中にどんな骨董品が入っていると思いますか?”と尋ねた。
学生たちは大いに盛り上がって、先を争って手を上げ、答えようとした。
藤野先生は民主的な人物なので、“思った通りに言ってごらんなさい、間違っても構いませんよ!”と促す。
ある者が:“医療器材ですか?”と言うと、先生は首を横に振る。
またある者が:“幻灯映写機か?”と尋ねると、先生は眉をひそめた。
少しして、先生は仕方なく:“やれやれ、それらは骨董とは言えませんよ!”
“人体標本?”周樹人が手を挙げてこう叫ぶと、藤野先生は目をきらりと輝かせて:“どの部分かね?”と尋ねる。
周樹人が頭を?いて:“ええと……それは分かりません”と言うと、学生たちは笑いが止まらない。ある者は人の不幸を喜び、ある者は軽蔑しているのだ。
“静粛に!”藤野先生はすぐに数歩歩いてきて、またも周樹人の前に立った。そして、学生たちに向って、“周君は、皆と違うね、思い切って辮髪を切っただけあって、杓子定規な制度を恐れないのだね。今日も、彼だけが先ほどの課題に答えられた。”と言い、立つ方向を変えて、教室の隅々の学生に向けてたしなめるように言った。“まだ具体的に正確に答えたわけではないものの、木箱の中は確かに「人、体、標、本」です――”学生たちは驚いてため息をつく。藤野先生はそっと周樹人の肩に手を置いて、ゆったりと着席を促した。
藤野先生は講壇に戻り、続けて言う。“では、具体的にはどの部分の標本でしょうか?” と言いながら木箱を開け、人体の四肢の骨格を取り出して、高く掲げて皆に見せた。そして、ゆっくりと示唆しながら:“これは人類の四肢の骨格です。さあ、皆さん、言い当ててごらんなさい。いったいこれは左腕でしょうか、右腕でしょうか?”と尋ねる。
学生たちは興味津々で、われ先に答える。
“左の腕の骨!”
“いや、右腕の骨だ……”
元気よく先を争って発せられる回答に、藤野先生はひたすら首を横に振っている。間違えた学生はどうしていいかわからず、茫然自失となる。
この時、周樹人はまたサッと手を挙げた。
“周君、君は何を言いたいのかね?”
“先生、間違えたらまた笑われてしまいます……”
“気にせず、言ってごらん。私は笑わないから、恐れることはないよ!”
“ありがとうございます、先生!私は、左腕でもなく、右腕でもなく、脛の骨だと思います!”
“どうしてかね?”藤野先生のガラスの眼鏡レンズの奥で二つの目が大きく見開かれた。
“先生は「四肢の骨格」という前提のもとに尋ねられました。左右の腕の骨が皆違うということから推測して、残った答えは脛の骨しかありません。”周樹人は落ち着き払ってこう答えた。
“……”教室は一時しんと静まり返って、物音ひとつなくなった。
“そう、その通りだ!”藤野先生は興奮気味に叫んだ。そして、“実に嬉しい。おかげで私の教授法が成功したよ!教師として、私藤野嚴九郎は心から君に感謝するよ”と言って周樹人の両手を握った。
ぱちぱち……! 6号階段教室に、にわかに若者の純粋で素直な称賛の拍手が響きわたった。

(六)
原稿用紙の上を毛筆がさらさらと文字を綴る。机の電気スタンドの明かりがその字と行間を照らし、真っ黒な墨の跡がかすかに光っている。
(魯迅の独白)“藤野先生のおっしゃる教授法とは、まさにあの新しい工夫を凝らして「わざと、混乱させ」「意図的に導く」というやり方だ。……あの時私は、図らずも、先生の科学的心理実験を成功裏に検証することになり、学校にとっては「啓発的教授」の先駆けとなった。しかし、私の目と心に藤野先生のさらなる偉大さが残るのは……また別の出来事が原因なのだ。 それは、あれから間もないころに行われた解剖の授業だった――”
仙台医学専門学校「解剖教室」。
純白のシーツがかけられた手術台の周りには、白衣と白い帽子と白いマスクを着けた学生と教師が集まっている。その中の一人である金縁眼鏡の藤野先生は、どのようにして「無菌概念法」によって薄いゴム手袋をはめるかを教えているところだった……。
「無菌概念法」の操作方式は、どこか魔術師が奥義を披露するかのような手つきで、優雅で謎めいている。そのため学生たちは互いにそれを指摘し合って、時折マスクの下から“ふふふ”という笑い声を漏らす。すると思いがけなく、藤野先生が素早く顔を挙げて、眼鏡の奥から厳しい視線を送り、学生たちのふざけた言動を制止した。
この時、医学校職員が、白い布に覆われた解剖用検体を運んでくるのが見えた。学生たちは慌てて道を開けると、息をひそめて検体が手術台に安置されるのを静かに見守った。藤野先生が一歩前へ出て検体に近づき、両手を広げて学生たちにもっと前へ出るよう呼びかけ、大きな声で:“諸君――これは何かね?”と尋ねた。
ある者が小さな声で:“――解剖用のし、死体!”
“違います!”藤野先生は押し殺したような声で、訂正する:“この方はかつて患者さんでした。しかも、若い女性の患者さんでした……”
“ああ――”軽く驚きの声を上げる者があった。
“ああ、ああとはなんだ?”と藤野先生は続けて、“医者が向き合うのはいつも、生きている患者であり、手術台に横たわるのはただ必ず救わなければならない命だけだ。だから当然ながら、全ての生命に対して敬意を表さなければなりません……わかりますか? 敬意です!”
“わかりました!生命に敬意を表します!”学生たちは声をそろえて言った。
“よろしい! では、私が手本を示すから、見ていなさい……”藤野先生は中央に四角い穴が開いた手術用の布を女性の体を巧みに隠しながら元の布と取り換えた。そしてすぐさま、一つ一つ手順を踏んで、消毒を施し、メスを入れ、血管を挟み、内臓を切り取り……それと同時につぶやくように要領を解説した。
周樹人の濃い眉の下の瞳は輝き、マスクの下の鼻翼がひくひくと動いた……(魯迅の独白)“藤野先生の厳粛で真摯な教えから、私は生命を尊重する精神に誇りを覚えた。また、先生が特に注意して遺体の局部を避けられたのを見て、人格を重んじる偉大な人柄を感じた……”
“周君!ここへ来て御覧なさい――”藤野先生はこの時、遺体の足のそばに立って、すらりと並んだ細い足の指を指しながら、向きを変えて見に来た周樹人に:“御覧なさい。人の足の指の骨は成長に従って形成されるものなのだが、一旦縛られて長くそのままにすると、その痛みから抜け出すことができなくなるのだよ!”と言う。
“では、どうすればいいのでしょうか?”周樹人が思わず問う。
“根本から解決するしかない――纏足の廃止だ!”藤野先生の言葉は力強く響いた。
作品名:師恩 作家名:芹川維忠