小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

師恩

INDEX|14ページ/15ページ|

次のページ前のページ
 

“お若い方、心が優しい上に、言葉も優しいね。親御さんのしつけがいいんだね!”と言うと年輩の農婦は背負っていた袋の中をごそごそとしばらく何か探していたかと思うと、とうとう一袋の美味しそうな煎餅(ジエンビン)(水に溶いた粉を薄く伸ばして焼いたもの、お焼き)を一袋取り出して、にこにこと周樹人に差し出した。
?わあ!おばあさん、こりゃありがたい――” 周樹人は正直に言った。?あわただしく出てきたから、ちょうどおなかがすいていたんですよ、へへ!”
?なら、すぐにお食べ、お食べ、すきっ腹はいけないよ!”年輩の農婦は親身になって言う。
?じゃあ、有難くいただきますよ!”周樹人も嬉しそうに煎餅(ジエンビン)を持って通路の突き当りまで歩いて行き、車両と車両のつなぎ目のところで、周りに誰もいないのを見て、大きな口でパクパクと豪快に平げた。
?ポー――!” 汽車がまた駅に着いた。周樹人は非常にのどが渇いていた。 汽車を降りるとちょうどお茶売りを見かけたので、急いでお金を出そうとして、一文無しなのに気づく。そういえば東京で汽車に乗るとき、小銭を全部周作人に渡してしまっていたのだ。仕方なく苦笑いをして引き返し汽車に乗った。
遠くの汽車の窓から、あの年輩の農婦が首を伸ばしてその様子をにじっと見ていた……
汽車がまた動き出した。 周樹人は車両の通路に戻り、元の位置に立った。突然、いっぱいの熱いお茶が目の前に差し出された。そしてそこには菊の花のような笑いじわでいっぱいの顔があった。
?よう、おばあさん、ほんとに不思議な方だ!”熱いお茶を受け取って周樹人は胸がジンと熱くなるのを感じた。
?ふふ、不思議かどうか、天が知ってる。熱いうちにおあがり!”年輩の農婦は眉に皺を寄せて笑う。
周樹人はこの熱いお茶を手に、しみじみと農婦の顔を見つめ、一口すすった。お茶は特別香り高く、のどを潤した。顔をあげて見ると、あ! そこには優しい母の姿があった。思わず胸が熱くなってしまった! 目を擦ってまた一口飲み、再び顔をあげると、あ!なんとそこには白い花を髪に挿した秋さんが見えた……しきりに鼻の奥をツンとさせる周樹人だった。

(二十一)
古い城下町仙台がぼんやりと見えてきた。近くを流れる渓流がさらさらと水音を立て……両側に積もった雪が白く美しい。
周樹人は荷物を背負って、東京から仙台医学専門学校に戻ってきた。ここで少し休むことにする。頭に浮かぶのは
藤野先生と肩を並べて散歩したこと;
二人で楽しんだ温泉……

 仙台医学専門学校の六号階段教室。
学生たちは春になって学校に戻り互いに挨拶を交わす――
ベルが鳴って、藤野先生が時間通り教室の入り口に現れた。今日、先生は重いアルミ製の箱を提げていた。それを両手に力を込めて講壇の上に持ち上げた。
?学生諸君、良い正月でしたか!”藤野先生は笑顔である。
?先生、新年おめでとうございます!本年もよろしくお願いします!”学生たちは声をそろえて、毎年言い慣れた挨拶を述べる。
?こちらこそ!”お決まりのやり取りが終わると、話題が変わる。藤野先生は続けて、?今日の授業は、実験の設備が多いので、まだ運んでいる途中です。この時間を利用して、いつものように、皆さんにはまずニュース幻灯を見ていただきます。職員が来て操作してくれます。私は30分後に来て授業します……”と言い終わると、行ってしまった。二人の職員が速足で教室に入って来て、スクリーンを掛け、箱を開けて、小型幻灯映写機を組み立てた……。
学生たちは、その間に、それぞれ幻灯鑑賞に適した席を確保しようと調整した。眼鏡をかけた者たちは次々と前列に移動した。
?今日は何か面白いニュースがあるだろうか?”と誰かが問う。
?ニュースというからには、新しみがあるにきまってるよ!”近くに座っている者が答える。
この時、周樹人はちょうど自分の手提げかばんを提げて、後ろの列に移動するところだった。
?周君、前の方がよく見えるよ!”
?有難う、僕は目がいいからどこでも大丈夫だよ!”

小型映写機が放映を始めた――
日露戦争(1904.2.8〜1905.9.5)のトピックス:戦場の惨烈な記録、光る刀剣の刃、激しい戦い:(教室はすすり泣きに満ちる)
ロシア軍が敗退し、日本軍が進撃する。旭日軍機がはためき、軍刀を振るって前進する。(学生たちは大いに興奮して、抑えきれずに歓呼する)
突然、画面に一人の清国の男が現れた。 上半身裸で、両手は後ろで縛られ、長い辮髪がゆらゆら揺れている、男は恐れて、きょろきょろしている。
幻灯の解説?戦闘中に、ロシア側のスパイが捕まったが、なんとそれは清国人だった。市街を引き回しにされたうえ、その場で銃殺された。”
画面が次第に推移して、拡大画面になった。見ると、その男を取り囲む群衆は皆長短の辮髪を垂らした者たちだった。 しかも、皆首を伸ばして、面白そうにその後に展開する?見世物”――銃殺を期待しているのだ!
教室には既に軽蔑してあざける笑いが起こり、こそこそ私語する者もある……。
周樹人は青ざめた顔は、映写機の光に照らされて、赤くなったり紫になったり……ついにいたたまれなくなり、立ち上がって上着をつかむと階段教室を駆け下り、振り向きもせず寒風が骨身に突き刺さる広野へとつき進んでいった……

周樹人の疾走する両足;
周樹人の冷たく厳しい怒りの表情;
周樹人の鋭く光る瞳――
彼の目の前にまたもニュース幻灯のシーンが浮かぶ:
長い辮髪を垂らした囚人が突き倒され跪く姿;
短い辮髪を垂らした見物人が首を伸ばす姿;
辮髪のない死刑執行人が拳銃を構えて発砲する!

?パン――!”はっきりとした銃声が、周樹人の狂奔する足を止めた。まるで夢から醒めたように、見れば、広野で一人の猟師が銃で大きな灰色の鳥を射落とした。その鳥は地に落ちてもがき苦しみ、血を流す……

(二十二)
藤野先生の宿舎の部屋は書斎を兼ねていて、いささか窮屈だ。
書棚が並び、模型が積み上げられている。藤野先生はあちこちとひっくり返して何か急に必要になった資料を探していた。
?ドンドンドン!” 外で戸を叩く音が聞こえ、先生は顔をあげると、眼鏡をかけなおし、入り口に向って?お入りなさい!開いてますよ――”と言う。
入ってきたのは周樹人だった。手にはまだ外套を提げており、紅潮した顔には汗が噴き出ている。
周樹人は口を開き、顔を拭って言う。?先生、お忙しい所をお邪魔してすみません!”
?構いませんよ。おかけなさい!”
?本当に申し訳ないのですが、先生! 僕は、退学します!”
?ええ? 君……今なんと……?”
?退学すると、申し上げました。”
?はあ! 聞き間違いではないよね? 冬休みが終わったばかり、もうすぐ春だというのに、君は退学するというのか?”
?そうです、僕は退学します!”
作品名:師恩 作家名:芹川維忠