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短編集23(過去作品)

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 私には最近嫌な予感があった。実はまだ付き合っているとまで言えるかどうか分からない女性がいるのだが、彼女に対しての私の気持ちが盛り上がりかけているのは事実である。ただ女性の気持ちがいまいち分からないということと、今まであまり自分から盛り上がってしまって却って相手が重荷に感じることで別れてしまったことを考えると、簡単に自分から受け入れることができないでいた。しかし、まんざらでもないことは事実で、付き合っているという言葉が喉に引っかかっているような状態である。
 何度かデートを重ねてお互いのことを話し始めていた。
 普通に仕事のことや自分たちの家族関係、差しさわりのないところでの、今までの自分たちの異性関係などを少しずつである。
 異性関係などは何も言わないのは却って不自然だと思っているので、私は包み隠さず話している。付き合い始めてある程度の時期になると別れることが多いということは話したが、その理由については話をしていない。変な先入観を持たれても困ると感じたからだ。
 彼女はその話をあまり表情を変えることなく聞いてくれた。元々表情の変わる方ではない。
 そう彼女が中原泰代である。
 自分のことをすべて話してしまおうと感じてはいたが、今までと違い、気持ちの奥まで話さなかったのは、泰代に対して今までの女性にない特別な感情を持っていたからであろうか?
――泰代と話す時の私は自分の世界に入り込んでいる――
 泰代の言葉もハッキリとは思い出せない。いつもその時は真剣に聞いているのだが、時間が経つにしたがって忘れていく、
――いや、心の中に封印しているのだ――
 当たらずも遠からじだろう。
 普段人の顔を覚えるのが苦手な私は、類に漏れず泰代の顔もあまり覚えられない。最初の何回かは二人で会う時、泰代が私を見つけてくれることを願っていた。もし、違う人に声を掛けて、
「違います」
 と言われた時の相手の顔を思い浮かべることが辛くて仕方がなかった。そんなシーンが泰代に会うその時に起こってしまったら、その日の私は自分ではなくなる気がするからである。その日のリズムが崩壊してしまうだろう。
 嫌な予感とは、どうやら泰代に関係があるのではないかと思っていた。
 そう感じながら、
――気のせいだったらいいな――
 と思いながら最近毎日のように立ち寄っている喫茶「ユニーク」の中にいた。
 そう、いつも嫌な予感がするのは四六時中ということではなく、喫茶「ユニーク」の中にいる時だけなのだ。
――まるでずっと考え続けているような気がする――
 そう感じるのは毎日の行動が完全にパターン化しているからで、だがだからといってマンネリ化しているという気にはならない。
 確かに、昨日のことだったか一昨日に感じたことだったかなどハッキリとしないことが多いが、喫茶「ユニーク」で読んでいる本は毎日着実に進んでいる。だが逆に着実にストーリーが進んでいくことが私を言い知れぬ不安に陥れているような気がするのも事実であった。
――本の世界と現実の世界が入り混じっているような気がする――
 本を読んで感じたことがそのまま現実の世界でも起こっているような気がするのだ。それは自覚していることもあれば、自分の知らないところで進行中のような気がすることもある。あくまで自分の妄想にすぎないのであるが、妄想し始めると止まらないのも私の性格で、それこそがストーリーの世界を独自に作り上げているのかも知れない。
「こんにちは、森口さん」
「あ、こんにちは」
 いつか私が初めて入った時に読んでいる本を覗き込んでいた男である。その人とはここで毎日会っているような気がするのだが、今日に限って感じるのは、最初に会ってから今日が二度目だと感じることであった。今まで会っていた時には感じなかった。
――なぜなんだろう?
 その答えはすぐには分からなかった。だがよくよく考えると、その男は今日今までと明らかに違う行動をしているからだ。なぜ最初にそれに気付かなかったのかが不思議なくらいで、
――あれ? 何かが違う――
 と感じてはいただけだった。
 男はおもむろにタバコを取り出し、吸い始めたのだ。
 私はムッとしていた。別に目の前でタバコを吸うのは構わない。この喫茶店は禁煙席があるわけではないし、こういう普通の喫茶店で禁煙席を望んだりはしない。しかし、
「タバコ吸ってもよろしいでしょうか?」
 と最初に断るのが礼儀ではないだろうか?
 私が厳しいことを考えているのかも知れない。しかし私はそのあたりのモラルに関しては厳しい目を持っていて、それがそのまま相手への自分なりの評価につながっている。したがって悪いけれど、他にいくらいいことを言ったとしても、私のこの男に対しての評価はある程度からは上には行かないのだ。
「お前は固いからな」
 私の性格を熟知している友人はそういって苦笑いをしている。私は自分が信頼する相手に対して自分を隠したりしないから、相手も私を見ていれば自ずと性格が見えてくるものらしい。まぁもっとも、
――類は友を呼ぶ――
 という言葉の通り、私のまわりには同じようにマナーに関して厳しい考えを持っているやつが多いのも事実であった。
 だが、その中でも私は厳しい部類らしい。
「いい加減妥協しないと、そのうちに痛い目に合うぞ」
「そうなんだよね。気をつけないといけないよな」
 さすがにそう忠告されると怖くなることもあるが、しかし持って生まれ、育った環境に左右されずにきたこの性格、そう簡単に変わるなどとは考えにくい。
 私が感じているその男に対しての評価が下がったことは言うまでもない。一言断りを入れれば少しは違うのだろうが、それもなかったのだ。
「幻滅だな」
 喉で引っかかった言葉を急いで呑みこんでいた。
 そう考えながら顔を覗き込むと、不思議なことにいつも見ている顔と少し違うような気がしてきた。間違いなく同じ人であることには違いないのだ。
 それと、今目の前で話していることは以前に話した内容とまったく同じように聞こえるから不思議だった。男の答えに対し、私の答えは前もって分かる気がするし、私の答えに対しての男のリアクションまで想像がつくのだ。
――時間が繰り返しているみたいだ――
 そこには何ら人為的なものが働いている気にはならない。何か作用しているとすれば、それは時間だと思ってしまう。夢の世界にしても、現実の世界で自分が考えている時間とに、隔たりがあるのだ。
 そういえばいつも同じ時間に現われて同じ時間だけ話をして帰っていく。実に規則的な男だと思っていたが、そこに何ら不思議な感覚を感じることがなかった。それこそ時間の感覚が男と一緒にいれば麻痺しているのかも知れない。いつも一緒になるのだが、話した内容がそれほどたくさんではない気がするのは、いつも同じ時間を共有しながら、同じ話に興じているからかも知れない。
 しかし今日のあの男のパターンは違っていた。
 これだけでまるで別人のような感じがしてくるのは大袈裟なことではないだろう。その日はいつものように、おもむろにカバンから文庫本を取り出し、さっさと読み始めたのだ。
作品名:短編集23(過去作品) 作家名:森本晃次