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田舎道のサナトリウム

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「そうかも知れませんね。でも、言葉にすることで自分を納得させられるのなら、それが一番だと思います。いくら人からどんなに蔑まれようとも、自分を納得させることができなければ、自分の存在価値なんてないんでしょうからね。どうしても人間は自分のことよりもまわりのことを先に考えてしまう。それをまるで美徳のように感じているんだから、勘違いも甚だしいと言えるのではないでしょうか?」
 という麻紀の意見に、白石も賛成だった。
 麻紀の話を聞いていると、言葉だけではなく、その話し方や仕草までもが星野教授に似ているのを感じた。話している内容も、
――星野教授なら、これくらいのことは言うだろう――
 と思うようなことを、麻紀は話していたのだ。
「麻紀さんは、教授とはどんなご関係なんですか?」
 と聞くと、
「私は、将来先生と結婚しようと思っています。先生もそのつもりでいてくれているんですが、今先生はご病気なので、それが治ってから、式を挙げようと思っているんですよ」
 という話を聞いて、
――そういえば、教授は若い頃、病気だったと聞いたことがあった。確か、難しい病気で生き残れるかどうか微妙だと言われていたと言っていたっけ――
 教授はあの時、苦笑いをしていた。
「先生は九死に一生を得たという感じでしょうか?」
「そう言ってしまえばそうかも知れないね。でも助かるべくして助かったんだよ。僕にはその時救世主がいたんだ。その時のことは別れた妻が知っているだけなのだが、今思い出しても不思議なんだよ。今僕が研究している薬品の元が、あの時、僕を助けてくれた薬になるんだ」
「それを、先生は分かっていて、今研究しているんですか?」
「いや、最初は分からなかったんだよ」
「じゃあ、いつそのことが分かったんですか?」
「君がこの研究所に入ってきてからのことなんだよ。白石君の顔を見た時、僕は君を初めて見たわけではないと思ったんだ。ただ、それは漠然としてであり、何の脈絡もない発想なんだけどね」
 と言って、不敵な笑みを浮かべていたが、その笑みの意味を白石はすぐに理解できなかった。
 白石は、病室にいる教授に会おうかどうしようか迷っていた、手には大学にいる初老の星野教授から預かった資料があった。それをこの次元の若かりし教授に渡すというのは、無理なことなのだろうか?
 白石は考えた。
――人間は過去に戻ることができても、過去の出来事を変えてはいけないという。だけど、これから自分が行おうとしている行動は、本当に行われることが真実で、行わないことが歴史を変えてしまうことにならないとは限らない。そう思うと、どちらが正しいのか、思案のしどころである――
 と考えた。
 時間の節目節目に限りない可能性があり、そのどれを選ぶかによって、未来が変わってしまう。しかし、自分がいた世界は一つなのだ。その時の選択がもし間違っていたとしても、その先で修正すれば、元に戻ることもあるだろう。
 この考えはあまりにも無謀であるが、何をどうしていいか分からず、何もしないで躊躇っているよりはいいような気がした。
――人間、最後には辻褄が合うようになっているんだ――
 と考えた。
 それはタイムパラドックスの発想であり、自分が過去で行ったことで未来が変わってしまったのであれば、過去を変える未来の自分の存在を否定しなければいけない。しかし、実際に過去に向かう自分がいるのだから、未来は最初から、
――約束されていたもの――
 ということになるだろう。
 つまり、戸惑う必要などどこにもない。未来が変わってしまうのであれば、自分の存在も消えてしまう。そんなことにはならないだろう。
 星野教授と麻紀が結婚して、将来麻衣が生まれることになる。どうして教授と麻紀が離婚してしまったのか分からないが、ひょっとすると、過去のこの時の何かが影響しているのかも知れない。
「いずれ時期がくれば離婚することになるだろう」
 という思いを、二人が共有していたとすれば、教授の研究に何か関係があるのかも知れない。
 白石は、教授の病室に入っていった。ちょうど麻紀はいなくて、教授は一人で本を読んでいた。
「星野先生」
 声を掛けると、星野教授は最初きょとんとしていたが、すぐに笑顔になって、
「ああ、君か、やっと来てくれたんだね?」
 と言って、表情は歓迎に溢れていた。
「どうして僕が来るのを分かっていたんです?」
「麻紀が教えてくれたんだよ。自分たちの娘が将来生まれるんだけど、その娘が僕を連れてくるというんだ。僕はまだ自分の娘を見たことがないんだけど、どうやら、麻紀にそっくりの女性のようだね」
「ええ、そうですね。ここに来る時に、娘さんにお会いしました。でも彼女は教授のことは何も言わず、ただ、自分は同じ日を繰り返しているというような話をしていたんですよ」
「そうだったんだね。私の娘がそんなことを言ったんだね。それはきっと、麻紀の遺伝子をそのまま受け継いだからなんだろうね。麻紀は時々、自分が同じ日を繰り返しているように思うことがあるって言っていたからね」
「ただ、僕にも同じような意識を感じたことが過去にもあった気がしたんです。さっき麻衣さんとお話したんですが、その時は気付かなかったのに、別れてからその思いが強くなりました」
「僕は研究の一部に、年を取らない研究をしていたんだよ。それを誰か実験台にしてみたいという衝動に駆られていたんだけど、その思いが麻紀に繋がったのか、麻紀がその薬を飲んでしまったんだよ。それが彼女の意志からなのか、誤って呑んでしまったものなのか分からない。何しろ麻紀はその薬を飲んだという意識がなかったからね」
「どうして教授の若かった頃の人と、同じ時間で会うことができたのかは分かりませんが、実に不思議に思いながらも、どこか納得がいく気がするんですよ」
「薬というのは副作用があるんですよ。実は未来の私は白石君に限らず、研究員の人間に対して、相手が知らない間に実験台として利用しているんだよ。それだけ自信があるからなんだけど、その理由が、今君が手にしている書類なんだ」
「これがですか?」
「ああ、その資料は、表向きの研究として、永遠の命を与える薬の開発過程が書かれている。その中で、自分の中での完結型として、自分に関わった人の過去を見ることができるというものがある。それは裏であり表でもあるんだよ。永遠の命なんて、本当はありえないんだからね」
「それはどういうことでですか?」
 言いたいことは最初から分かっていたが、改めて聞いてみた。
「永遠の命というのは、ある意味神への冒涜なんだよ。人間には寿命が決まっていて、それが自然の摂理と結びついている。今までたくさんの学者が、不老不死の薬を開発しようとしたり、小説家が不老不死の薬を題材にした作品を著したりしているよね。でも永遠のテーマになっているのは、自然の摂理に逆らっているからなのさ」
「なるほど、分かりました」
作品名:田舎道のサナトリウム 作家名:森本晃次