田舎道のサナトリウム
「それで副作用というのは、これも本人完結型になるんだけど、過去を見ることができるようになったことで、同じ日を繰り返しているのを意識するようになるんだ。あくまでそれは副作用で、本当に同じ日を繰り返しているわけではない。その発想が麻衣の中にもあって、君にそのことを聞いてみたかったんだろうね」
「じゃあ、私が今、若かった頃の教授と一緒にいるのは、僕自身が作り出している虚空の世界だということになるんでしょうか?」
「そうだね。でもね、君だけが単独で見ているわけではない。君が見ている数十年前に相手をしている若かりし頃の僕も、同じ意識を持っていたんだよ」
「でも、教授はそんなことまったく口にしませんでしたよ」
「それは当たり前のことだよ。君にいきなりこんな話をして信じてもらえるかい? 信じてもらえないことを無理に信じ込ませるというのは愚の骨頂だよね」
「そうなんですね。年を取った自分が若い頃の自分に僕を通してことづてるというのは、どういうことなんでしょうね?」
「それは、これからこの時代で僕が研究しなければいけないことだからだよ。その助手として君がこの世界で僕と一緒に研究をすることになる。君はこの時代で生きていくことになり、いずれ今君がいた時代になると、きっと、君は自分がいつ頃あちらの世界からいなくなるのが分かっているので、そこから先は、麻衣と一緒に過ごしていくことになるんだよ」
「じゃあ、僕がこの世界で果たす役割は?」
「僕は、麻紀を実験台にしてしまったことで、彼女を幸せにすることができない。だから、将来離婚することになるんだけど、その時、君に麻紀を頼もうと思っている」
「そういえば、教授が離婚した奥さんは、離婚してからほとぼりが冷めた頃に結婚したって聞きました」
「それが、今の君の将来なのさ。もちろん、元々いた世界、そしてこの時代にも、君は存在している。だけど、今の君は分かっていても、向こうの君は分からない。本当なら接触してはいけないんだ。でも、これから僕が開発する薬を飲めば、君は元いた時代の君と接触しても構わない。君は、若い自分を自分だとは思わない。つまりは、この薬は、当たり前のことを当たり前にしか考えられなくなる薬なんだ。ただ、それはすべてに対してではない。自分が意識してしまいそうなことで、当たり前と考えていることに自動的に作用するようになっているんだ」
「あの資料の中には、教授の病気を治すための薬の設計図が入っているということでしょうか?」
「そうだね。それ以外にも君に飲ませるための薬も入っているんだ。もっとも、君に飲ませるための薬は、すでに君は服用しているだろう? そうじゃないと君は僕を見ることができないはずだからね」
「僕はどうすれば?」
「今は、この時代に馴染めていないようなので、もう少し時間が掛かる。実際に君のことが見えているのは、この世界にいる君と同じように未来から来た人だけなんだ。だから、麻衣には見えている。私が見えるのは、今のままでは未来がないと分かっているからなのかも知れないね」
「えっ、麻紀さんも見えていましたよ」
「あれは、本当は麻衣なんだ。麻紀が君と話をしようと思うと、麻衣になりきらないといけないので、きっと、麻衣になりきったんだろうね」
「どうして……」
「それは麻紀が僕の寿命が短いのを知っているからさ。だから僕を何とかしようとして、彼女も必死なんだよ。だから、君の存在が分かるんだね」
そんな話をしていると、麻紀が帰ってきた。
「誰とお話していたんですか_」
「いや、何でもないよ」
という会話が聞こえてきた。どうやら、二人は察していながら、話題にわざとしていないようだ。
白石は自分の手が薄くなって、保護色のように掠れていくのを感じた。
そして、さっきまでここを目指して歩いてきた田舎道、いつ着くか分からないと思いながら歩いていた時の不安を思い出しながら、麻衣の顔を思い出していた。
「白石さん……」
麻衣はそういって、ため息をついているのを感じた。
――もしあそこで出会わなければ、どうなっていたんだろう?
と、絶対に出会うことを前提として考えている自分が、副作用に覆われていると感じながら、姿が消えてしまった自分を探しに、麻衣がやってくるのを待っていた……。
( 完 )
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作品名:田舎道のサナトリウム 作家名:森本晃次