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田舎道のサナトリウム

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 仰向けになったまま、どこも動かすことができないのを感じていると、手首と足首に何か当たっているような気がした。必死に動かそうとしてもがいているからなのだろうが、動くと冷たい何かに当たっている。それが、手械、足枷であることに気付くと、動けない理由が金縛りに遭っているだけではないように思えた。
――誰かに拘束されている――
 手術台のようなところに乗せられて、手足の自由を奪われ、まるでまな板の上の鯉のような状態に、恐怖が募ってくる。
 目の前には丸い円盤の腹の部分のようなものがあり、丸い中にさらに小さないくつかの丸が点在している。その丸いものから白い閃光が放たれて、眩しさで目くらましに遭ってしまったようである。
 明かりが消えることはないのに、目が慣れてくるのか、白い閃光が次第に暗くなってくるようだ。
 その横に三人ほどの人たちがこちらを覗きこんでいる。
「いったい、お前たちは誰なんだ」
 と声にならない声を発していた。
 声にならないのは、喉がカラカラに渇いているからで、必死になって声を出そうとすると、喉の奥が強烈な熱を持っているようで、痛くて仕方がない。目の前にいてこちらを覗きこんでいる連中はシルエットになっていて、表情を確認することはできないが、唇は怪しげに開いていて、真っ白い歯が浮かんで見えた。
「助けてくれ」
 叫んでもどうにもならないのに、叫ばないわけにはいかない。これから自分はここでどうなってしまうのか、考えただけでも恐ろしい。
 子供の頃に見た特撮番組の、悪の秘密結社から改造手術を受けるシーンが思い出された。必死に抵抗しているその上から、怪しくメスが光っていた。今まさに改造されてしまう恐怖がよみがえり、金縛りの正体は、その恐怖であると、初めて知るのだった。
 目を思い切り瞑って、数秒我慢した。そして、目をカッと見開くと、そこにはさっきまでの悪の結社の白衣姿の男たちはいない。手足も自由に動かすことができ、金縛りもいつの間にか消えていた。
――夢だったのか――
 安心したというのが実感だった。
 しかし、身体に纏わりつくほどの汗は、その恐怖を物語っている。夢であったとしても、目が覚めても覚えているのだから、やはり怖い夢であるのは間違いない。
 怖いという感覚を忘れるために、必死になって夢で見たことを他人事だと思うようにした。そうでもしなければ、なかなか夢を意識の中から封印することはできない。
――忘れるなんてできないんだ――
 と思うと、封印させるしかないではないか。
 きっと夢で見た意識を封印させられる場所が頭の中にはあるはずだ。その思いがなければ、いつまでも夢から目を覚ますことはできなくなる。
 その時、白石は匂いを感じた。
――なんだ、この匂いは――
 子供の頃、怪我をした時、数針縫ったことがあったが、その時、簡易ベッドで注射を打たれ、そのまま外科手術となった。注射は局部麻酔で、注射を打つまでは、何も匂いを感じなかったはずなのに、注射から液が注入されている間に、薬品の匂いが部屋に漂っているような気がした。
 匂いは、手術が終わるまで収まらなかったが、
「はい、これで終わりです」
 と先生がいい、白石の頭の中が安堵感でホッとしていると、いつの間にか薬品の匂いが消えていくのを感じていた。
 その時の匂いが、今回気を失いかけている時に感じたものだった。
 さっき、サナトリウムの入り口で感じた匂いとも似ているが、同じではないことは分かっていた。
 研究室には無数の薬品が置いてあり、薬品を混ぜ合わせて異様な匂いを発することもあったのだが、今回のこの匂いは初めて感じるものだった。
 しかし、どこか懐かしさがあるように思っていると、子供の頃に怪我をして、局部麻酔を打たれたあの時の匂いに似ていた。
――あれが、麻酔薬の匂いというものなんだろうか?
 薬学研究室なのだから、麻酔薬があるのは当然のことなのだが、麻酔薬を開けるというのは珍しい。臨床研究に使うこともなく、動物実験に使用するホルマリンとも少し匂いが違っているようだ。同じホルマリンでも、研究物の保存として使用するホルマリンとは、また少し匂いが違っている。意識が錯覚を起こすだけなのかも知れないが、自分だけではないような気がした。
 サナトリウムと呼ばれる建物の中に入り、中を詮索していく。白石の様子は、かなり怪しげな雰囲気を醸し出しているはずなのに、まわりの誰も白石を怪しげな目で見る人はいなかった。
 むしろ、誰も白石のことなど意識していないようだ。それどころか、誰もがすれ違った相手に挨拶もしない。
 人はたくさんいるのに、誰も口を開こうとしない異様な雰囲気は、またしても懐かしさを思い起こさせた。
 何針か縫ったあの日、術後の経過を見るという意味で、入院となった。病院に駆け込んだのが閉院時間前だったということもあり、
「念のためですよ」
 という医者の言葉で、その日は一日だけ入院することになった。
「明日一日様子を見て、大丈夫なら、すぐに退院できます」
 と言われて、家族も納得したようだ。
 一日だけの入院なので、着替えも必要なく、家族も面会時間終了前にさっさと帰ってしまった。
 たった一日の入院だったので、個室というわけにもいかない。もう一人おじさんのような人が入院していた。
「君は、中学生かね?」
 と聞かれて、
「ええ、そうです。怪我をして数針縫ったんですが、術後観察ということで、一日だけの入院になりました」
「そうですか。私はここにもう半年以上入院しているんですが、どんなに長くても慣れないものですね」
「そうなんですか?」
「ええ、最初の一ヶ月はあっという間に過ぎたような気がしたんですが、それからが長いんですよ。半年が経ったという意識よりも、マンネリ化しているという意識が強くて、最近では時間の感覚がかなりマヒしてきているような気がします」
「マンネリ化しているのに、慣れないんですか?」
「ええ、マンネリ化と慣れとは違いますからね。マンネリ化というのは、誰にでも起こるもので、そのマンネリ化から慣れてくる人もいれば、私のように時間の感覚がマヒしてくるようになる人もいるんでしょうね」
「でも、慣れてきているから、時間の感覚がマヒしているとはいえないんでしょうか?」
「それはいえるかも知れませんが、私の場合は、慣れてくるという感覚がまったくないんですよ。その思いが時間の感覚をマヒさせたのかも知れないと思うんですよ」
「じゃあ、慣れという言葉には、いくつかの意味があると思われるんですね?」
「そうですね。それだけ漠然とした言葉なのかも知れませんね」
 というような会話をしたのを思い出した。
「でも、不思議なもので、時間の感覚がマヒしているのは頭の中だけで、身体はしっかりと覚えているんですよ。体内時計とでもいうんでしょうか? そういう意味で眠くなる時は、ほぼ時間に差はないんですね。だから、もうそろそろ眠気がやってきます」
 そういって、おじさんは喋るのをやめて、眠りに入ろうとしていた。そういえば、消灯時間は過ぎていて、普通の中学生なら、まだまだこれからという時間であったが、病院内は静寂に包まれていて、感覚的には深夜になったかのようだった。
作品名:田舎道のサナトリウム 作家名:森本晃次