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田舎道のサナトリウム

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 そう思っていても先には進まない。
――僕は研究員としての自分を全うしていけばいいんだ――
 と感じることしか、残っていないと思ったのだ。
 その時に感じた孤独は、寂しさなど伴っていなかった。最初から矛盾を抱えているので、孤独と寂しさは紙一重であり、まるで両刃の剣のようにしか思えないものだという認識をしていた。
 中学生の頃から勉強に目覚め、中学二年では一番になっていた。三年生までトップを守り、意気揚々と進学高校に入学した。
 しかし、そこで今まではトップだった自分が、まわりにはさらにレベルの高い連中がひしめいているので、真ん中よりも下になってしまうという事実を突きつけられ、気がつけば、トラウマに支配されそうになっていた。
――そんなことは最初から分かっていたはずなのに――
 と自分に言い聞かせたが、逆に、
「そんなことも分からなかったのか」
 と、自分から戒められた気がした。
――ひょっとして、感覚がマヒしたのって、この時の重いがよみがえってきたからなんじゃないだろうか?
 と、研究員になってから、結構時間が掛かって気がついた。
 あとから思えば、こんなことすぐに分からなかった自分が情けないほどで、それだけまだ自分の中に、生身の人間と同じ血が流れていると思えたのだ。
 感覚がマヒしていることに、自分がマヒしてきた。ここまで来ると、自分の身体に生身の人間と同じように血が流れているという思いが信じられないように思えてきた。
 さっきまで一緒にいた麻衣が、
――以前に出会った相手と同じ相手に出会うという相手ではないか?
 と思ったが、どうやらそうではないようだ。
 ただ、麻衣とはまた近い将来に会うような気がしたのだが、それよりも、目の前に見えてきた建物が気になって仕方がない。レンガ造りの建物に、昭和初期を思い起こさせる雰囲気は、白石に悪魔的なオカルトイメージを植えつけたのだった。
――悪魔的なオカルトイメージって何なんだろう?
 オカルトをホラーとは切り離して考えている白石独特の考えなのだが、研究員としては、ホラーよりもオカルトの方が自分に馴染みが深いように思えていたのだ。
 白石は建物に近づいていく。赤レンガの塀を沿うようにして歩いていると、正門が見つかった。そこには木の表札がかかっていたが、何と書かれているのか分からない。
――そういえば、赤レンガも赤い色が褪せてしまっていて、ハッキリと分からないくらいに変色しているな――
 と感じていた。
 木の文字も分からないほどに褪せてしまっているのは、どうやら湿気が影響しているように思えた。さっきまであれだけ天気がよかったのに、このあたりまで来ると急に雲がかかってきていた。
「今にも雨が降ってきそうだ」
 と感じたので、急いで正門から中に入ったが、中に入ると今度は今までの天気の悪さが一点して、明るさが戻ってきたのだったq。
――どういうことなんだ?
 塀を挟んだ表と中では、まったく違った様相を呈している。こんな建物は初めてだった。
しかし、古い研究所というのは外観と中に入ってでは想像以上の違いがあることを知っていた。あまり気にしすぎない方がいいのかも知れない。
 白石は建物を表から見ると、一階の奥の部屋に異様な雰囲気を感じた。そこの窓には鉄格子が嵌めこまれていて、まるで囚人でもいるかのような雰囲気だった。
――本当にここでいいのか?
 と考えたが、とりあえず、中に入ってみなければ埒が明かないと思った。
 建物の中に入ると、白衣の女性が慌しく行き来していた。その様子は、まるで病院で、研究所というイメージではなかった。
「すみません。ここの責任者の方にお会いしたいんですが」
 一人の白衣の女性に話しかけた。
 彼女はナースキャップを被っていて、いかにも純白の白衣を身に纏っている。ただ、真っ白であるにも関わらず、眩しいという感覚はなかった。どちらかというと、
――含みを持たせた白――
 という雰囲気だった。
 白という色が、すべて眩しいほどの純白ではないことを白石は以前から感じていた。普通白というと、
――眩しいくらいの真っ白さ――
 というのをイメージするのだろうが、白という色ほど、あらゆる色に染まりやすいものはないと思っていた。
 確かに黒い色は白い色が着色することで、却って汚れ目を感じるものだが、黒い色に黒系統の色が染まっても、色が変わったというイメージはすぐには湧いてこない。しかし、純白であれば、同じ白であっても、汚れ目はハッキリしている。眩しさで押し切ることができないのが、同じ白い色なのだ。
 そう思うと、同じ白でも、種類があるような気がする。眩しいほどの白い色と、眩しさを打ち消す白い色である。
 元々白い色というのは、吸収することができない色で、光を反射させることで眩しく感じさせ、一番目をくらませることのできる色でもあった。しかし、同じ白であっても、光を吸収できる色もあるのだ。その色は、純白と順応してこそその効力を発揮することになるのだが、そういう意味では、
――影に隠れた色――
 と言ってもいいだろう。
 ただ、白石は、その二つ以外にもさらに違った白が存在すると考えていた。こんな思いを感じているのは、自分以外にはありえないとも思っている。
 昔、天文学者が「暗黒星」というものを創造したことがあったらしい。
 星というのは、自分で光を発するか、あるいは、光を発する星の恩恵を受けて、自分も光ることができるというどちらかである。
 しかし、暗黒星というのは、自らが光を発することもせず、かといって、他の星の光を反射させ、光っているものではない。この星は、すべての光を吸収してしまうのだ。
 そのために、誰にもその存在を確認することはできない。どんなに近くにいても、その存在を確認できないということは、その星がどれほど危険であったとしても、誰にも発見されることなく、相手を抹殺することができる。これを人間の世界に当て嵌めると、どれほど恐ろしいことになるのか、創造した人間も、自分が恐ろしくなったのではないかと思えてならなかった。
 白石は、白という色に、暗黒星の発想を感じたのだ。
「自ら光を発することもせず、まわりからの光を反射させずに、すべての光を吸収してしまう」
 ただ、その存在は分かっている。誰の目にも見えているのだが、その星が暗黒星であることを誰にも悟られることはない。
――木を隠すには森の中――
 というではないか、
 しかも、路傍の石のように、
――そこにあることが当たり前であり、存在していることに対してまったく疑問を感じない。そのためにあって当たり前の発想が、存在価値を皆無にしてしまう。これほど恐ろしいことはないのではないか――
 という発想も白石にはあった。
 この発想は、子供の頃からあったのだが、どうしてこんな発想をするのか、まったく自分では分からなかったが、高校生の頃に友達から聞いた暗黒星の話によって、自分の路傍の石の発想が証明されたような気がしていた。
 路傍の石だって、白い色には存在している。眩しさを感じない白い色が、この路傍の石の発想になるのだ。それが、最初に感じた研究所の建物を表から見た時の褪せてしまった色であった。
作品名:田舎道のサナトリウム 作家名:森本晃次