田舎道のサナトリウム
絶えず何かを考えていたことは間違いないのだが、それが一貫してのものだったのかといえば、そうでもなかった。思い出そうとして思い出せないのは、
――目が覚めるにしたがって忘れてしまっていっている――
と感じる夢のようでないか。
その時に夢というものを思い返してみた。
――夢は自分の中にある潜在意識が見せるものだ――
と感じていた。
――潜在意識?
ふと考えてみた。
今まで自分が自信を持てなかったのは、潜在意識の存在に気がつかなかったからだ。潜在意識の存在に気づいていれば、もう少し自分を信じることができたと思う。ということは、
――自信というものは、潜在意識が作り出すものなのではないだろうか?
と考えられた。
勉強が好きになったのだって、勉強することで自分が想像していた以上に自分の力が引き出せたことも、すべてが潜在意識のおかげだと思うと、自信が潜在意識に結びついているという考えもまんざらでもないのではないだろうか。
大学の研究室に入ってから、最初は自信を失くした時期もあった。なぜなら、
――ここの連中は、自分と同じか、それ以上のレベルの人間が選ばれて入ってきているんだ――
と感じたからだ。
勉強が好きになってからというもの、絶えず自分がトップクラスであり、他の人よりも一つ頭が出ていた。前を見ると、自分以外には誰もいない。後ろを見ると、限りない。そんな状況だと、普通ならプレッシャーになるのだろうが、中学の頃からずっと勉強に勤しんできた彼にはすでにその状況は慣れっこになっていたのである。
そんな中で白石は、
「今頃、五月病なのかい?」
と先輩研究員に言われてショックを受けた。
しかし、今まで順風満帆でこれたことをよかったと思うことですぐに立ち直ることができた。
実は後にも先にも白石がこんなに素直に考えることができたのは初めてかも知れない。どうしても目の前にプレッシャーが広がっていれば、自信を簡単に失ってしまうのが白石の性格だと思っていた。
だが、中学時代から培われてきた自信は本人が感じているよりも強かったようだ。
研究員に晴れて一員として認められると、まわりも一目置くような発想を白石は時々していた。それはいいことも悪いことも含めてではあるが、いいことの方が印象深いこともあって、まわりは一目置くようになっていた。それこそ、白石にとっての役得というようなものなのかも知れない。
教授からは、一時期、
「あいつは何を考えているのか分からない」
と言われていた時期があったようだ。
それを本人には言わずに、助教授に話をしていた。助教授は最初こそ何も言わなかったが、時々奇抜な発想を口にする白石を見かねて、
「先生がお前のことを、時々何を考えているのか分からなくなると言っていたぞ」
と話した。
その頃になると白石も研究員としてある程度の自信を持ってきたので、それを言われてもあまり気にしなかった。それよりも
「何を考えているか分からない」
と言われていることに喜びすらあった。
――何を考えているのか分からないといわれるということは、それだけ規格外だということを先生に認められたことになる――
他の人からであれば、
――所詮他人の戯言――
として相手にしないが、先生からであれば、それをいい方に解釈することができる。
自分に対しての悪口雑言を、悪いこととして解釈する頭を持っていないことであり、それも自信のたまものだと言えるのではないだろうか。
最近の白石は、医学の研究以外にも気になることがあった。それは、
――異次元への発想――
であった。
薬学を志すものとは全く違った発想であるが、最近の白石は、それをすべて「科学」という発想で一括りにして考えるようになった。
――薬学も科学なら異次元も科学、それはすべてが人間が作り出したもので、証明できなければ、ただの妄想で終わってしまうものだ――
と考えていた。
教授の研究が証明できないことで、公表することができない。それは一つのジレンマであり、トラウマになって、ずっと心の奥底に残るものだろう。
「このままだと、妄想だけで終わってしまう」
そんなことは絶対に許されることではないと白石は思っていた。
――だったら、異次元をただの妄想で終わらせたくない――
証明することはできないが、白石は自分が遭遇するのではないかと思うようになっていたのだ。
白石は教授の話を思い出していた。
「私の娘は、最近研究所に勤めだしたんだよ」
「そうなんですか? 教授の後を追って、研究されているんですね?」
と聞くと、
「そうじゃないんだ。娘は薬学を志しているわけでもなく、医学でもないんだ。何やら異次元の研究をすると言っていたんだが、私にはよく分からない」
「それはタイムマシンとか四次元の世界とかいう類のお話なんですか?」
「そうだね。ただ、元々は工学部に入学して、ロボット工学のような研究をしていたようなんだが、そのうちにタイムマシンだったり異次元に興味を示したようで、ロボット工学よりもそちらの方を今は中心に研究しているようなんだ」
「なかなか女性としては、思い切ったことだと思いますね」
「親としては、もっと現実的で、しかも世の中のためになるような研究をしてほしいと思っていたんだが、これも私に対してのあてつけのようなものなのかも知れないな」
「それは離婚したということでですか?」
「娘も大人なので、そんな理由ではないとは思うんだけど、それよりも父親に対してのライバル意識じゃないかって思うんだ。親バカなのかも知れないけど、そう思いたいんだ」
その時の話を思い出していると、さっき出会った麻衣の話もまんざらでもないような気がする。しかし、彼女の中で研究している内容が、果たして麻衣のためになっているのかどうか疑問であった。
――麻衣ちゃんは、研究者であればこその悩みを抱えているような気がするな――
白石も自分が研究者なので、麻衣の気持ちが分からなくもない。
自分だって研究しながら、研究を重ねていくにつれて深まっていく悩みを感じていた。だが、その研究で得た悩みというのは誰にも分かるはずがないのだ。
何しろ、研究の最先端にいるのは自分なのだから、誰に相談することもできない。それは先駆者としての宿命のようなものであり、避けて通ることのできないものなのだろう。
「避けて通ることのできない」
という言葉は、自分をさらに苦しめるに値する。
自分で自分の首を絞めるような研究を続けているという思いは辛さしかないが、それでも誰もなしえない研究を自分が先駆者となっていることの快感も捨てがたいものである。そんなジレンマを抱えながら、ジレンマを矛盾として考えるかどうかで、自分の行く道が決まってくるのではないかと思っている。
それは自分だけではなく、教授も同僚も、同じような道を通り過ぎてきて、さらには、まだその途上にいるのだ。
――誰にも終点が見えるわけはないんだ――
終点が見えてしまったら、そこで終わってしまうことは分かっている。
作品名:田舎道のサナトリウム 作家名:森本晃次