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田舎道のサナトリウム

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「それは、忘れてしまったと思っている夢が、同じ日を繰り返した自分だからですよ。同じ日を繰り返しても、その次の日を迎えることができれば、その時には同じ日を繰り返したという記憶を削除しないといけないんでしょうね」
「どうしてですか?」
「ずっと同じ日を繰り返しているならいいのですが、前に進んでしまうと、同じ日を繰り返したことがその人にとって、トラウマとして残ってしまうからではないでしょうか? 私はいつもそう思っています。だから、同じ日を繰り返していると思っている時は、夢を見ないように、眠らないんですよ」
「えっ、でも眠らないと死んでしまうんじゃないんですか?」
「それは、思い込みです。眠ることで夢を見て、忘れてしまわなければいけないことが多いことから、人間は眠らなければいけないということになっているんです。そうは言っても、結局は眠ってしまうので、眠らないと死んでしまうということの検証は、できないんですけどね」
――驚いた。彼女は何という発想をするのだろう?
 ただ、彼女の話を聞いていると、まんざらまったく信じられないことではないように思えてくるから不思議だ。それでも彼女の話を聞いて共感できる人というのは、ほんの少ししかいないに違いない。そのうちの一人が白石だということで、この出会いは本当に偶然で片付けられるものであろうか。
 彼女は続けた。
「子供の頃にアニメで面白い話を見た覚えがあるんですよ」
「それはどんなお話なんですか?」
「本当に子供向けのアニメなんですが、そこで主人公が眠れないという状況になったんです。一種の不眠症なんでしょうね。そこで、まわりの人が、どうして眠れないのかということを調べようと、夜その人と一緒にいることにしたんです。その先どうなったと思います?」
「不眠症というのは、十数年前に問題になったことがあったような気がしますね。社会問題にまで発展したように思います」
 白石が、ちょうど研究者の道を志そうと思っていた頃だった。ちょうどあの頃のアニメには、SFヒーローものとは別に、ミステリアスなSF小説もあり、視聴者に考えさせるものがあったりした。
 子供心に科学の力を信仰する時期が誰にでも必ずあると白石は思っている。ただ、それが直線に伸びていくのは一部の人だけである。子供が公園で野球で遊んでいても、その中から真剣に将来を野球に掛けると思っている人がごく少数であることを考えれば、科学への道も同じことである。スポーツ選手のように科学者は目立つわけではないので、。余計にごく一部の人だけだと思われた。
 白石が、彼女の質問をはぐらかしていると、彼女は白石が発想できないものだと考え、自らで答えた。
「実は、まわりの人は結局皆睡魔には勝てずに、眠ってしまっていたんです。だから起きているのは主人公だけ。でも、実際には主人公も眠っていたんです。しかも熟睡していて、その時に夢を見ていて、寝言で、『眠れない』と言っていたんですよ」
「要するに、不眠症になった夢を見ていたということですね?」
「ええ、そして、彼のまわりにいた人が皆眠ってしまったのも、その人の部屋には、睡魔を誘う空気が漂っていて、誰も検証できなかったんです。だから、誰もが主人公は不眠症であり、人間は眠らなくても大丈夫なんだという思いを抱くことになってしまったというお話ですね」
「子供番組にしては重たいですね」
「大人も楽しめるアニメではあったんですが、果たして大人が見て、正しく理解できるのか疑問ですね」
 少し間があってから、彼女が続けた。
「私はそのアニメを後から思い出した時、不眠症の夢を見ていたということにもう一つの意味があるような気がしたんです」
「それはどういうことですか?」
「夢というのは、目が覚めるにしたがって忘れていくものだって、さっき私が言ったでしょう? それは、どうしても忘れなければいけないものがあるのか、それとも、忘れてしまったことに何かの真実があるのかではないかと思ったんです」
「ますます意味が分かりません」
 少し言い方が冷たい感じになってしまったが、話しを聞きながら、引き込まれていく自分に気持ち悪さを感じたために、冷たい言い方になっていた。
「私はそこに、同じ日を繰り返しているという発想を組み込んで考えてみたんです。ひょっとすると、同じ日を繰り返しているのは特別な人だけではなく、誰にでもありえることなんじゃないかってですね」
「というのは?」
「誰もが、同じ日を繰り返しているという発想を聞くと、前に進むことのできない人生を焦りと苦悩で考えると思うんです。でも、それを意識しなければ、苦悩も焦りも知らずにやり過ごすことができる」
「でも、同じ日を繰り返すことをどうしてそんなに意識しなければいけないんですか? 
別に知らぬが仏で、何も知らないことをいいことにしてしまえばいいような気がするんですが、違いますかね?」
「もちろん、今は誰も知らないんだから、知らないに越したことはないと言えなくもないんですが、知らなければいけない人、知っておいた方がいい人、それぞれいるんです。知らなければいけない人は、きっと自分で悟ることができる人だと思うんですが、知っておいた方がいい人というのは、なかなか自分で悟ることはできません。だから、こうやって誰かに教えてもらわなければいけないんですよ」
「じゃあ、僕は知っておいた方がいい人になるのかな?」
「そうですねね」
「ではあなたは、知らなければいけない人になるんですか?」
「ええ、そうです。そして私の役目は、あなたに知ってもらうために説明をすることなんですよ」
「そのためだけに、僕の前に現われたんですか?」
「それだけというわけではないんですが、これから迎えるあなたの人生に、私も関わることになるということでしょうか?」
「じゃあ、これからあなたは、私とずっと一緒にいてくれると思っていいんですか?」
「目の前にいるというわけではないですが、意識の片隅には必ずいることになると思います」
「それは心強いですね」
「ところで、あなたは私のこんな話を聞いて、怖くないんですか? 普通なら信じられない話を聞くと、怖く感じたり、夢を見ているんだと思い込もうとしたりするものだと思うんですが、今のあなたを見ていると、そんな感じは見受けられないんですが」
「それが不思議なことに、怖く感じないんですよ。今までの自分だったら怖いと思ったり、夢を見ていると思うのか、まるで他人事のように感じるんですが、今はそんなことはないんです。それよりも、何かこれから恐ろしいことが起こるような気が最初はしていたんですが、あなたと出会って、少し自分の運命がいい方に変わるような気がしています」
 というと、彼女はニッコリと笑った。
 最初見た彼女の冷酷にも感じられる無表情さは、すっかりと失せていた。彼女のニッコリとした笑顔は、電車の中で見た女の子の笑顔とは違うものに感じられた。
――やはり、電車の中の彼女とは違うんだ――
 と感じると、電車の中で見た女の子が、誰に似ているか、思い出せたような気がした。
――確か、星野教授のお嬢さんに似ているような気がするな――
 星野教授の娘は、今ちょうど高校生のはずだった。
作品名:田舎道のサナトリウム 作家名:森本晃次