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田舎道のサナトリウム

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 そしてそんな時に必要以上に考えないようにするようになったのは、考えすぎてロクなことがなかったからである。人からは、
「余計なことを言わないで」
 と、相手の気を遣って言った言葉であっても、相手を傷つけてしまうことがあると、顔から火が出るほど恥かしく感じてしまう。言わなくてもいいことを言って、相手に余計なことと言われる。実に無駄なことであり、きっと恥かしさを感じたのは、自分が無駄なことをしたことへの戒めというよりは、
――本当は無駄だと分かっていたのかも知れない――
 という、まるで確信犯である自分が人から戒められたことに対して、他人事のように感じる自分に余裕を感じないからではないだろうか。
 白石はそんな自分を感じる時、
――自分のことに対して余計なことを考えないようにしないといけない――
 と感じながら、どうしても気になって仕方のない思いに矛盾を感じながら、それでも、それを仕方のないこととして片づけないといけないように言い聞かせていたのだった。
――こんな商店街は、さっさと抜けてしまおう――
 と、商店街を抜ける時は早歩きになった。
 そして、決して後ろを振り向かないことを心に誓って、前だけを向いて歩き出す。
――まるで聖書の話のようだな――
 白石が思い出していたのは、聖書に出てくる「ソドムの村」の話だった。
 その話は、ある村は無法者が蔓延る無政府状態になっていた。暴行、略奪などが横行している中で、無秩序な状態が続き、それを見た神様が、善良な市民だけを連れて、街を出た。
 神様は人間に変身して市民を誘導したが、街を離れていく間、
「決して後ろを振り返ってはいけない」
 と、助け出した市民にそう語り掛けた。
 市民はその意味が分からないまま、助かりたい一心なのか、それに従うしかなかったのだが、その理由を人間に化けた神様は何も言おうとはしない。
 市民もそれに触れてはいけないと思ったのか、振り向かなかった。
 しかし、安全なところまで市民を脱出させた後、自分たちが去った村で、轟音とともに、後ろを振り返っていないのに、閃光が走ったような気がして、気になった一人が後ろを振り向こうとした。
 他の市民がそれを見て、
「ダメ」
 と声を掛ける。
 そして、振り返った人につられるように振り返る人もいたのだろう。彼らは一瞬にして石になってしまったのだ。
 声を掛けた人が振り返ったのかどうか分からないが、振り返った人と振り返らなかった人とでは明暗がクッキリだった。
 振り返った人がどのような心境だったのか、白石は考えてみたことがあった。
――いくら振り向いてはいけないと言われていても、自分が生まれ育った街が尋常ではなくなったのだから、振り返るのも無理はない――
 そして、振り返らなかった人の心境も考えてみた。
――助かるには、犠牲にしなければいけないものもある――
 ということを最初から自覚していたので、決して振り返らなかったのではないかと思えた。
 では、神様の心境はどうだろう?
――自分たちが作った人間が、悪の道に走ったことで、その人たちを自らが滅ぼさなければいけなくなった――
 という自責の念なのだろうか、それとも、
――人間が自分たちの意志に背いて、勝手な考えを持ったことを許せない――
 と感じたのだろうか?
 ただ、どちらにしても、神様というのは傲慢でわがままなのではないかと思えた。もちろんそれは人間が考えることで、人間にあるエゴが、神様という存在をどう考えるかで、発想も変わってくる。
 本当に神様が存在し、人間を作ったのであれば、それも一つの考え方だろうが、それを信じられないとすれば、神という存在は、
――人間のエゴが作り出した存在だ――
 と言えるのではないだろうか。
 人間という存在を、
――神様が作ったものだ――
 という理屈をつけて、悪に走る人間の存在を神様に押し付けて、責任転嫁しているとも考えられる。そういう意味では今よりも古代の方がさらに治安は悪く、秩序などあってないようなものだったのかも知れない。人類の歴史は時系列で発展していったものだと一概には言えないが、培われた事実があるのは紛れもないことである。それを思うと、
――人間一人一人は実に小さなものだ――
 と言えるだろう。
 石になってしまった人も、石になるのを免れた後ろを振り向かなかった人も同じ人間、どこに違いがあるというのか、その理由を神様に求めているのが聖書ではないかと白石は感じていた。
 そんなことを考えながら、白石は前だけを見つめながら歩いてきた。
 ふと後ろを振り向きたい衝動に駆られ、後ろを振り向いたが、その先には遠くの方に、先ほどの商店街が小さくなっているのが見えた。
――もうそんなに歩いたんだ――
 前は相変わらず何かが見えてくるわけではないので、そんなに歩いたという意識はなかったのだが、振り返って分かるほどの距離とはかなりの差があった。
――石にならなくてよかった――
 などとバカバカしい発想をしてしまったが、それほど、気持ちは「ソドムの村」の話を真剣に思い出していたのだ。
 後ろを振り向いたのは一瞬だったのだが、再度前を振り向くと、
――あれ?
 何となくさっきと違った風景に感じられた。
 相変わらず何の変哲もない田舎道であるにもかかわらず、最初にじっと前を見つめながら歩いていた光景とどこかが違っていた。
――それほど、前ばかりに集中していたということなんだろうか?
 とも思えたが、何か根拠があるわけではないが、先ほど見えていたものが見えなくなっていたり、見えなかったものが見えるようになったかのような錯覚に陥っているように思えた。
――錯覚なんだろうか?
 錯覚であれば、錯覚だと思ってからすぐに、
――錯覚なんだから、すぐに心境も変わる――
 と感じるのだろうが、そんなことはなかった。
 白石はそう感じた原因を探しながら、歩みを止めることはなかった。本当なら、立ち止まってその場所で見なければ本当の比較にはならないのだろうが、その時の白石は自分の心境を比較では解決できないものだと感じた。歩きながら、つまりは行動しながら探ることしかできないと感じたからだった。
 しかし、その原因を突き止めることはできなかった。ただ、
――どんなに歩いても、その場から離れられないような気がする――
 という一抹の不安が襲ってくるのを感じていた。
 立ち止まって比較することを許さなかったのは、この思いが強かったからに違いない。優先順位からすれば、その場から離れられないことの恐怖が一番強かったということなのだろう。
 そのわりに、足取りは軽かった。むしろ軽すぎて空まわりをしているくらいに感じるほどだった。
作品名:田舎道のサナトリウム 作家名:森本晃次