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短編集22(過去作品)

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 私がホテルの部屋に帰って考えたのは、かすみのセリフだった。
 部屋に入り、薄暗がりの中電気をつけたことで目の前に飛び込んできた最初の色は、ベッドのシーツの白さだった。
 その時だった、私の頭に思わず淫らな想像が浮かんだ。
 目の前に広がる綺麗に敷き詰められた真っ白いシーツが、カサカサとこすれる音とともに聞こえてくる息遣い。空調の音だけが聞こえるはずの空間には濃厚な空気が立ち込めていて、重々しさを感じる。
 しかしその重々しさはさらに私を淫らにし、男としての本能を呼び起こすに十分な色香を漂わせた姿態がなまめかしく蠢いている。
 そんな淫らな想像をしてしまうのは酔いが思ったより回っているからかも知れないが、それも、かすみに対して気が付かないうちに淫らな感情を抱いていたからなのだ。
 自分では今まで淫らな想像をしてしまう相手に、恋愛感情というものを抱かないだろうと思っていた。そういう意味ではかすみに対して「みだらな感情」が生まれる余地はないはずだった。
――なぜなのだろう?
 やはり、よほど最後に話していた白いシーツの話が印象的だったのだ。
――そんな、まさか――
 彼女が私のそんな性格を知っていて、わざと淫らな気持ちにさせるように仕向けたのでは? などと考えてすぐに打ち消した自分だった。
 しかし私の気持ちは正直で、その日の夢にかすみは出てきたのだ。
 夢を起きてから覚えていることなど希なことなのだが、翌日はそのことが頭から離れないほどに印象的だった。
 白いシーツ。
 忘れられないイメージが残っている。目を瞑ればよみがえってくるくらいである。
 さすがに仕事中は考えないようにしていた。私は想像してしまうと留まるところを知らなくなるタイプで、他のことに集中する時は、本能的にまわりを気にしない体質になっていた。実に都合のよい性格である。
――今晩また行ってみよう――
 確か店の名前は「ラビリンス」だったと記憶している。いや、名前より何よりも真っ赤な看板が目印であることには違いない。
 仕事をテキパキと終わらせるには、何か励みがあった方がいい。そういう意味で、「ラビリンス」の存在は私に時間の感覚を与えなかった。
――もう日差しが傾いている――
 大田川に沈む夕日が目に浮かぶ。昨日もそれを見ていたっけ。あれからすでに丸一日経っている。一体その間にどれだけのことがあったことか……。
 もちろん、一番最近の記憶が濃いのは当然で、仕事のことがまだ頭から離れない。会社を出るまではそれも仕方のないことで、それだけ、一つのことに集中するとまわりが見えなくなるタイプなのだ。
 しかし、一歩会社を出ると、そこは私だけの世界だった。きっと私は「自分だけの世界」という思いが強いのだろう。ネオンサインも眩しい中、普段と違う思いで歩いていた。歩くスピードも違ったはずである。ネオンサインがいつもより眩しく感じたのは、目的が違うところにあったからかも知れない。
 商店街を抜けて歩いていく。
――あれ? こんなに長かったかな?
 何度も通っている商店街だが、初めて通った時のように、いつ終わりがくるのか見当がつかなかった。
 ゆっくり歩いていなかったつもりだ。その証拠に足に幾分かの張りが残っている。心地よい張りでもある。
 私はあまりゆっくり歩くのは嫌いな方だ。ゆっくり歩いていても気がつけばいつもと同じ時間しか経っていない。無意識に足に張りを感じているのかも知れない。
 アーケードを抜けるとそこには真っ赤な看板が見えてくるはずだった。
 しかし、どうしたことだろう。記憶にあるはずの真っ赤な看板が見えてこないではないか。間違いなく同じ通りである。間違うはずなどない。その証拠に記憶にある風景と寸分狂ったところはない。
――それにしても、それ以上にまるで違う場所のように感じてしまう――
 きっと真っ赤な看板がそれだけ印象深く私の脳裏に残っているからであろう。そしてもうかすみに会うことができないという思いが最初に働くからである。
 まさか、昨日予感があったわけではないだろう。そういえば昨日の帰り際、複雑な思いだったことを思い出した。それがどこから来るのか分からなかったが、今さらのように思い出すのは、このことが頭の片隅にあったからに違いない。
――しょうがないか――
 会えないことに対する悔しさが心の底からこみ上げて来れば来るほど、何となく安心感を覚えるのはなぜだろう。心の中にできた隙間を片っ端から埋める何かがあるような気がしてならないのだ。
 半分は後ろ髪を引かれる思いで、そして半分は何かを期待してホテルへの道を急いだ。後戻りして角を曲がると、その時に赤いネオンが横目に見えたような気がしたが、もう今の私にはどうでもいいことに思えた。「ラビリンス」にはもう行くことはないだろう。
 不思議なことに身体には女の暖かさが残っている。それも昨日に誰かを抱いたような暖かさである。
 確かに昨夜の夢は誰か女性を抱いている夢だった。かなりリアルだったと記憶しているが、細かいところまでは覚えていない。同じシチュエーションになれば身体が反応するだろうが、それだけのような気がする。そしてそれがかすみであったことは、目を瞑って浮かび上がるシーツの白く浮かび上がった光景で相違ないことだ。
 ホテルへの道のりではそのことしか頭になかった。

 エレベーターが私の部屋のある十階のフロアーに到着して乾いた鐘の音を聞いた時、やっとホテルに戻ってきたことを確信した。静寂の中で耳鳴りがしていた中、乾いた鐘の音がさらに耳鳴りを増長するかのようだった。
 通路に出れば敷き詰めてある絨毯が心地よく、歩いているだけで睡魔に襲われそうになる。どこまでも続いている同じ光景に、自分の部屋がかなり遠くにあるような錯覚を覚えてしまっていた。
 部屋に入ると誰かがいる気配がある。
 ここを知っているとすれば、部屋にいる可能性があるとすれば、それはよう子だけだ。彼女には最初に宿泊場所を教えていて、以前にも一度私の出張先に出向いてきたという大胆な行動に出たことがあった。
 しかし、さすがにその時は部屋の中にいるなどということはなく、ロビーで待っていたのだが、
――あの時のよう子は、あの後何かロクなことがなかったな――
 病気になって入院したのだ。その病気は今も完治しておらず、ずっと、そのまま引きずっている……。
 私の性格からして、そんなよう子に入れ込んでいったのはその時からだっただろう。今まで入れ込んだのは妖艶な雰囲気の和江だけだったが、その雰囲気を思い出させてくれたのが、昨日のかすみだったのかも知れない。
 バスガイドを思い出すことでかすみを感じ、かすみを感じることで和江を思い出すのは何とも皮肉なものだ。
――よう子への罪滅ぼしのつもりなのだろうか――
 自分に言い聞かせながら、頭を振っている。それだけのはずがない。
 かすみの言っていた「白いシーツ」という言葉がやけに頭に残っている。部屋に入るなり目の前に飛び込んでくるであろう白いシーツの中で蠢いている女、きっとよう子に違いない。
 いきなり薄暗い部屋に浮かび上がる白いシーツのシルエット、ここまでは私の想像どおりだった。
作品名:短編集22(過去作品) 作家名:森本晃次