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二度目に目覚める時

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 それよりも、乗った電車の車内が、いつもと雰囲気が違っているのに、乗った瞬間気が付いた。いつもであれば、学生ばかりの車両に、乗りこんでみるとほとんどがネクタイにスーツ姿のサラリーマン。思わずカルチャーショックを感じてしまった。
 まさか乗り間違えたなどという意識はないので、車内の異様な雰囲気に飲まれることはなかったが、さすがにいつも降りる駅に近づいてもスピードを緩めることのない電車に、自分が間違えて乗ってしまったことを自覚せずにはいられなかった。
 あっという間にホームを駆け抜けてしまった車窓からの景色に、昇はあっけにとられながら、遅刻するかも知れない状況で、すでに諦めの境地に入っている自分を感じていた。
――まあ、しょうがないか――
 いつもなら、もっと慌てそうなものだったが、
――自分で間違えたんだからしょうがないよな――
 と、潔さもあった。
 その時に頭を過ぎったのは、電車がホームに入ってくる時に見た「平面的」な感覚だった。その時に普段と違ったという思いを抱いたことが、自分の中での潔さを生んだのではないかと思うと、どこか納得できるところがあった。
 自分で自分を納得させなくても納得できる状況が用意されていたというのは、今までの中でも稀なことだった。
 中学時代のあの日、もし電車に乗り間違えていなければ、どうなっていたかなどということを考えたことはなかった。普段と変わりない生活が待っているだけで、たまたまその時乗り間違えただけのことで済ませればいいことだった。しかし、その時、
――俺に何をさせようというのだろう?
 という思いを抱いていれば、違った人生を歩めたかも知れない。少なくとも、十年後に感じることを、その時に感じることになったのではないかと思うと、自分の中に十年という周期の堂々巡りが存在しているのではないかと思わせるのだった。
 昇は今年、二十五歳になるが、それまでに彼女がいた時期はあまり多くなかった。特に社会人になって仕事が忙しかったことで、
――彼女ができなくても、仕事が忙しいんだから仕方がない――
 と、自分を納得させていたが、半分は言い訳だということは、自分でも分かっていた。
 しかし、できないものは仕方がない。出会いもないし、どうやって出会えばいいのか、よく分からなかった。
 社内恋愛だけには気を付けていた。実際に会社内で付き合いたいと思えるほどの女性がいるわけではなく、変に妥協して社内恋愛に入っても、ロクなことにはならないような気がしていたのだ。
 ただ、そんな昇だったが、最近一人気になる女の子がいた。途中入社で入ってきたアルバイトの女の子なのだが、彼女は昇より二歳年上だった。同じ部署でも直属というわけではなかったので最初は意識もしていなかったが、一度、駅のホームで声を掛けられて振り返った時に見た彼女の顔が気になってしまった。
 彼女を会社の外で見かけたのはその時だけだったのだが、その時から駅のホームに特別な感情を抱くようになっていたのだ。
 滑りこんでくる電車を見て中学時代を思い出したのも、別に不思議なことではない。毎日同じ光景を見ているので、少しでも違っていれば、敏感に感じるものだ。滑りこんでくる電車のスピードが少しでも違っていたり、ホームに並んでいる人の数がいつもより少しでも多かったり少なかったりしただけで、かなり違って感じるのだから、微妙という言葉がこの場合通用するのか疑問に思うほどだった。
 その日、仕事は定時に終わり、駅に着いた頃は、まだ暗くはなっていなかった。ホームには帰宅ラッシュのサラリーマンでごった返している。昇は何も意識することもなく、いつものようにホーム最前列で電車を待っていたが、後ろから声を掛けられた。
「あの、博さん?」
 最初、声を掛けられた時、自分の名前ではなかったので、まったく意識していなかった昇だったが、ふと振り返ると、そこには自分の顔を覗きこむようにしている一人の女性がいた。
「えっ?」
 思わず、ビックリした素振りを見せたが、そこに立っている人の姿に見覚えがあるように感じたからだった。しかし、落ち着いてみると、まったく見たこともない女性であり、驚いてしまった自分が恥かしく、引っ込みが付かないことで、バツの悪さを感じていた。そんな昇に彼女もビックリした様子で、声を掛けたことを後悔したのか、彼女も引っ込みが付かないかのように、モジモジし始めていた。
 その様子を見て、滑稽に感じた昇は、思わず吹き出しそうになった自分を抑えるのに必死だったが、今度はそんな自分を可愛く感じ、思わず微笑ましい表情になった。
 相手の女性に、その時の昇の笑顔の意味が分かるはずもなく、笑顔を見せた昇につられたのか、彼女も笑顔を見せた。
――思ったよりも、馴染めそうな笑顔だな――
 違和感よりも、好感度の方が強くなった。ただ、そうなると、彼女が最初に声を掛けてきた間違えたであろう相手の男性が気になった。
「どなたかとお間違えになったのでしょうか?」
「ええ、どうやらそのようです。申し訳ありません」
 普通なら、ここで、
「失礼します」
 と言って終わるのだろうが、彼女の表情を見ていると、まだ終わるような気がしなかった。とはいえ、これ以上彼女に余計なことを聞くのは、立ち入ったことになりそうで、少し戸惑ってしまった。彼女の方も、最初に自分が間違えた手前、自分から話を続けるのは不自然だと思ったのだろう。少し考え込んでいた。
 彼女の表情を見ていると、今は余裕を持っているように見えたが、最初に感じた戸惑いは、余裕をすぐに取り戻せるような雰囲気を感じさせないほど、切羽詰ったものを感じさせた。それはまるで、自分を見る目が幽霊でも見ているかのようにも見え、戸惑いはそこから来ているのだと思うと、今の余裕がどこから来ているのかに今度は興味を持つようになった。
――このままここで「さよなら」したくはないな――
 と思った昇は、
「間違えた人というのは、僕に似ているんですか?」
 立ち入ったことであるかも知れないが、この時に彼女が内に籠るような戸惑いを見せれば、それ以上の会話はできないことを意味している。試してみる価値はあると思った。
「いいえ、似ているわけではないんです。私もどうしてさっき声を掛けてしまったのか、自分でも分からないんですよ。後姿が似ていたのかも知れませんね」
 と言ったが、最初の言葉にウソはなかったように思う。
 だが、そうであるとすれば、最後の一言は少し不自然な感じがする。まるで、取ってつけたような言葉の結びに、最後の一言への信憑性は一気になくなっていった。
 ということは、彼女は博という男と、昇を本当に間違えたわけではないようだ。思わず声を掛けてしまったというのが本音なのかも知れない。
――駅のホームというのは、意識をどこかに飛ばすそんな雰囲気を持った場所なのかも知れない――
 と、昇は感じた。
「実は私、以前にこのホームで電車を待っていて、来た電車に乗ったんですが、各駅停車に乗るつもりで、急行に乗ってしまったことがあったんですよ。普段なら絶対にしない間違いなんですけど、その時はどうかしていたんでしょうね」
 昇はそれを聞くと、ビックリした。
作品名:二度目に目覚める時 作家名:森本晃次