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二度目に目覚める時

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 昇の中に博がいて、博がそう感じさせているのかも知れない。ということになれば、博という人は、すでにこの世にはいないと思えてきた。
 博のことを少し考えてみた。
 昇は、いつも自分のことか、考えているとすれば、女性のことばかりだった。男性の友達がいても、その人のことを考えることはなかったような気がしていた。考える時というのは、最初から、
――考えよう――
 と思って考えるわけではない。いつも無意識に考え始めて、
――気が付けば、その人のことを考えていた――
 という意識になったことで、初めて自分が人のことを考えていることに気付くのだった。
 何かを考える時というのは、ほとんどが無意識に考え始める。最初から何かを考えるつもりになることはなかった。それが自分では当たり前のことだと、ずっと考えていたのだった。
 だから、いつも
――気が付けば――
 という言葉が頭につく。死ぬ時だって、
――気が付けば死んでいた――
 などということになるのかも知れない。
 死を最初から告知されているのであれば、覚悟もあるだろうが、そうでなければ、なかなか死を覚悟するというのも難しいだろう。
 死について考えてみた。いや、気が付けば考えていたのだが、
――俺は、寿命で老衰したり、病院のベッドの上で死ぬようなことはないような気がするな――
 というのは、
――自殺することになるのか、それとも事故に遭うのか、どちらにしても、そんなに長くは生きられないような気がする――
 そんな思いが頭を過ぎった。
 ということは、いつ死んでも不思議ではないという考えだった。それなのに、少しも死を覚悟するような感覚に陥ることはない。
――本当に死が近づくと、その時になって、嫌でも死の恐怖を感じることになるのかも知れないな――
 と感じたが、逆に、
――いや、やっぱり俺なら、気が付けば死んでいたというのが似合うかも知れない。本当はそっちの方がいいんだがな――
 と、生きているうちから、死の恐怖を味わいたくないというのが本音だ。もっとも、これは昇にだけ言えることではない。誰もが思っているに違いないからだ。
――戻れるものなら、どこかの時代に戻ってみたいな――
 という思いが、最近頭の中にあった。
 その最近というのも曖昧で、
――昨日からなのか、一週間くらい前からなのか、どちらにしても、どこかにそう感じるターニングポイントがあったに違いない――
 と思ったその時、
――ターニングポイント?
 時というのは待ってはくれない。一瞬のその次にはまた一瞬が続いていく。そうやって一瞬が永遠に続いていくのだ。
 そう思うと、自分が戻ってみたいと思った瞬間は、そのことを感じた瞬間なのかも知れない。何ともおかしな感覚だが、ターニングポイントとして感じたその時に戻ることができたとすれば、本当にその時、感じたのが、
――過去に戻りたい――
 という感覚なのだろうか?
――ひょっとして錯覚ではなかったのだろうか?
 と思うかも知れない。もしそうであれば、そこから先は、まったく違った世界が広がっているはずだ。それを望んでいたのではないかと思った昇は、
――パラレルワールド――
 という言葉を思い出していた。
 戻った時代がパラレルワールドを生むのであれば、もし、今までに過去に戻ることができた人がいたとすれば、その人には、パラレルワールドが見えたのであろうか?
 過去に戻ったその時に、それまで持っていた記憶はどうなってしまうのだろう? その場所に戻ったことで、そこから先の記憶は消えてしまって、もう一度記憶を作りなおそうとするのかも知れない。そうすることで、辻褄を合わせようとするのだ。
 今までにデジャブを感じたことがある人は、ひょっとすると、過去に一度戻った人なのかも知れない。戻ったことで記憶が消えてしまったわけではなく、封印されてしまったのだとすれば、封印された記憶が漏れてきたとも考えられる。
 ただ、漏れてきた記憶は、本当に偶然なのだろうか? 何かの意図を持って繋ぎ合わされた記憶なのかも知れない。
――意図は糸に繋がる――
 ダジャレのようだが、笑っていられない発想であった。
 デジャブを実は昇も考えたことがあった。その時はこんな発想はなかったのだが、もし過去に戻ったことがあるとすれば、きっと一度きりだろう。
――過去に戻れるのは、一生に一度だけ――
 と思うのはおかしなことだろうか?
 もし、それ以上を望んでしまうと、同じ日を繰り返してしまうという悲劇に見舞われるかも知れない。それを思うと、一度きりで十分だ。しかも、そのことを忘れてしまっている方が、知らぬが仏で、幸せなのかも知れない。
――自殺した人が、自殺する前に戻りたいと思うこともあるかも知れない――
 死を目前にして、していたはずの覚悟なのに、恐怖に勝てず、
――戻りたい――
 と、考えたその人が、今までに一度も過去に戻ったことがなければ、その時に達成される。そうなると、死んだはずの人が生きていたということになり、自殺菌は、そこで消滅してしまうだろう。
 いや、自殺菌は、誰かを自殺に追いやった時点で消滅してしまうものなのかも知れない。結果的に、その人が自殺しようがしまいが、同じタイミングで消滅してしまう運命だとすれば、悲しい運命ではないだろうか。
――同じ日を、ずっと繰り返していきたいな――
 と一番誰が思っているかというと、本当は、自殺菌なのかも知れない。そんな発想を思い浮かべた昇は、自分の最近考えていることが堂々巡りを繰り返していることに気が付いた。
 しかし、その堂々巡りは悪いものではない。少しずつ前に進んでいる堂々巡りだ。
――本当は、このスピードが正常なのかも知れない――
 特に、最近は様々なことを考えては、考えた端から発想が消えていく。そんな怒涛の発想に、戸惑いを感じていたはずだった。
 昇は、次の日、毎日同じ時間の同じ電車に乗ろうと駅のホームにいた。その時だけは、
――本当に毎日を繰り返していないのだろうか?
 と、思うほど、どんな時であっても、見える光景は同じだった。
 その時、まわりがざわめいているのを感じた。
「私、二度目が覚めるの。だから……」
 そう言って、電車に飛び込もうとしている一人の女性を見かけた。
「ゆりか」
 思わず、昇は声を掛けた。
 しかし、その声が自分の声でないことを昇は自覚していた。
――これが博なのか?
 そう思ってゆりかを見ると、ゆりかは満足したかのように昇を見て、ニッコリと笑っている。
 昇はゆりかを助けようと必死にホームに飛び込む。
「あれ?」
 そこに、ゆりかの姿はない。電車に飛び込もうとしているのは、昇だけだった。
――俺、何バカなことをしているんだろう? 飛び込んでいる人がいるわけでもないのに、助けるつもりで飛び込むなんて。こんな格好の悪い人生の終わり方なんて、何て情けないんだ――
 恐ろしさよりも、こんな形で人生が終わることに恥かしさを感じていた。
「ゴオオオオ」
 そんなことより、迫ってくる電車は待ってくれない。
「わあああ」
 断末魔の叫びは、静寂の中に消えていくようであった……。
作品名:二度目に目覚める時 作家名:森本晃次