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二度目に目覚める時

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 と聞き返す。このあたりも以前の亜季と変わっていないようで、嬉しかった。変わっていないという昇の言葉と表情で、昇が安心しているのが分かるのか、安心させたくないという亜季の気持ちがどこかにあるのだろう。それは、意地悪な気持ちからではなく、安心した気持ちになると、昇が余計なことを考えてしまうかも知れないという思いからであった。昇はさすがにそこまでは気付いていなかったが、亜季には意地悪な気持ちからではなく、思っていることと逆のことをするくせがどこかにあるようだ。
 それは天邪鬼なところのある昇だから分かることなのだろう。昇が安心してしまうと余計なことを考えるところがあるということは、亜季しか知らないことだった。昇本人にも分かっていないことで、余計なことを考えることを自分では分かっていたが、それが安心した気持ちになった時であるという意識はなかった。
 昇の中で安心感が芽生えたという意識はまわりから見ているよりも、本人の意識は薄いようだ。まわりが分かるのは、
――思っていることが顔に出やすい――
 という性格だからであって、それが正直な性格にあるということと昇の中で結びつけができないことで、自分で思っているよりも、まわりは昇のことを分かっていたりするものだ。
 それを昇は気持ち悪いと思っていた。
――どうして、まわりはそんなに俺のことが分かるんだ――
 何かを企むとすぐに露見してしまった。悪いことなら仕方のない気もするが、何かのサプライズを企んでも、分かってしまうのは寂しいものだ。大人になるとまわりは気を遣って分かっていても分からないふりをしてくれるようになったのだが、子供の頃は、バレバレになってしまって、
「せっかくの計画がお前のせいで、皆に分かっちゃったじゃないか」
 などと言われて、内緒の話に加えてもらえなくなっていた。
 子供心にもこれは寂しいものだった。
 そんな昇のことを分かってくれているのは、亜季だけだった。
 亜季は分かっていることでも、昇には自分が分かっていることを何も言わなかった。実は逆も真なりで、亜季の考えていることも、昇には分かっていて、昇もそれを亜季に言うことはなかった。
――いいコンビの二人――
 だったのだ。
 綾はそんな二人を見ながら、無表情で昇の後ろに最初は立ちすくんでいたが、二人に会話がないことに気付くと、すぐに奥の席に座った。
 亜季は手前の方の席にいたので、亜季と綾はかなり離れて座ったことになる。
 昇は我に返り、綾が奥の席に座ったのを見ると、
「じゃあ」
 と言って、頭を下げ、奥の席に綾と隣り合わせに座った。
 それを見ると、亜季は一旦自分の席に腰かけると、グラスを持って、今度は昇の隣に座った。
 奥から、綾、昇、亜季の順番で座っていることになり、昇は二人の女性に挟まれる格好になっていた。
「こちら、いいわよね」
 亜季は、昇に言ったというよりも、その横にいる綾に話しかけたようだ。それを察したのか綾は、
「いいですよ」
 と答えた。
 二人に挟まれた昇は、亜季の性格は分かっていたので、綾が答えたことに違和感はなかったが、昇が別に驚いていないのを見て、綾は少し不満そうな顔を向けていた。
「お二人は、お付き合いされているんですか?」
 亜季が、綾に聞いた。
「いいえ、これからのことは分かりませんが、今は普通の同僚です」
 と答えた綾だったが、その表情は驚くほど冷静だった。
 会社でもポーカーフェイスの綾だったが、二人きりの時もあまり表情を変えなかった。
――この人は他にどんな表情を持っているんだろう?
 と、表情がまるでモノでもあるかのように、昇は考えた。それは、まるで考えていることとは無関係の仮面を付けているかのような感覚だった。
 亜季のことを気にしながら、綾と飲んでいても、なかなか会話が弾むはずもない。そのうちに亜季が、
「私、帰るわね」
 と言って、席を立った。
 時計を見ると、午後九時を少し回ったくらいだった。店にやってきて一時間ほどしか経っていない。
 それなのに、昇には、三時間近くいたように思えて仕方がなかった。亜季が席を立ってくれたことは、昇にとってどんな影響があるのか、自分でも分からなかったが、なぜかホッとした気分になっていた。
 その理由は二つあって、一つは、
――亜季が帰ってくれたおかげで、綾に集中できる――
 と思ったのと、
――亜季には、近い将来、また会えるような気がする――
 という、根拠のない自信のようなものがあったからだ。
 今までの昇なら、亜季が帰っても、綾に集中することなどできなかったことだろう。知っている人が今までそばにいて、その視線を痛いほど感じたことで、彼女がいようといまいと、すでに集中などできなくなってしまっているからだ。
 それは、昇が度胸がなかったからではない。逆に度胸がある方が、彼女がいなくなっても気になるものは気になっているに違いない。昇が意識を頭の中から外すことができると思ったのは、亜季を知っていた頃の自分と、今の自分とで違いがあることに気が付いたからだった。
 それは、昇の中にあるS性だった。
 S性があることで、相手がいるのといないのとで、違ってくると思ったからだ。少しでも?が残ってしまうと、いなくなった後も、視線が気になってしまう。それは嫌な視線というよりも、むしろ、
――感じていたいと思っていた視線――
 であり、残像が少しでも残っていれば、自分から感じなくなるような真似は出来ないものだったからである。
 さらに、昇が気になっていたのは、亜季が自分に対しての視線だけを感じていたのではないと思ったことだ。
 むしろ、亜季の視線は、昇に対してというよりも、綾に対しての方が強かった。
 綾はなるべく感じないようにしていたようだが、かなり気になっているのは分かっていた。
 綾も、その視線を嫌がっている様子はないようだった。逆に心地よさげにウットリとしてしまうところもあるくらいで、
「どうしたんだい?」
 と思わず声を掛けると、
「あ、いえ、何でもないわ」
 という答えが返ってきた。しかし、その時に一番ドキドキしていたであろう人は、何と視線を投げかけていた亜季だった。亜季は、昇に気付かれないようにしようという意識はなかったようだ。何しろ二人は以前からお互いに知っている仲である。隠そうとしても隠し通せる仲ではないはずだ。
 昇は亜季をチラチラと見ていた。
 亜季のドキドキした雰囲気を見るまでは、亜季の視線を、自分が低い位置で見ているだけだと思っていたが、ドキドキを感じるようになって、
――俺の方の立ち位置が、亜季より高くなったのか?
 と、立場が逆転していたかのように感じた。
――そういえば、今までに亜季を見下ろすような態度を取ったことってなかったような気がするな――
 なるほど、今まで亜季に対して感じたことのないような感覚だった。
――俺の方が見下ろしているなんて、おかしなものだ――
 やはり、S性が強いからなのか、さらに亜季に対して、強い視線を浴びせ返すと、今度は亜季が昇に視線を移すことはなくなった。
作品名:二度目に目覚める時 作家名:森本晃次