二度目に目覚める時
と思っていたが、案外、自分のまわりにSMに関わっている人がいることを知ったのは、ごく最近のことだった。
別に知りたいと思っているわけではないのに、なぜか偶然にも知ってしまうことが多かった。
――これも偶然なんだろうか?
最近、偶然ということに疑問を感じるようになっている昇だったが、
――まわりにSMに関わっている人が多いのではないか――
という漠然とした想像を持ったため、想像が偶然に結びついた。それは、自分の中にもS性があるからではないかという意識にまで繋がるものではなかった。なぜなら、すべてを偶然として片づけようとした自分がいたからだ。
しかし、偶然で片づけるには、自分の中のS性だけは、否定しても否定できないという潜在意識があったからだろうか。偶然で片づけられないことを、偶然への疑問として感じるようになり、それが、自分にS性があることの一つの裏付けとして考えるようになったのだから、何が幸いするか分かったものではない。
――この場合、幸いという言葉もおかしいものだ――
と、考えるようになった。
――俺はゆりかを苛めてみたいと思っている――
初めて、女性に対して苛めてみたいと感じた相手だった。
だが、ゆりかが見ているのは、本当に昇本人なのだろうか?
そのことを感じると、昇は手放しにゆりかのことを好きだという感情になることができなかった。要するに、ゆりかを好きになることを怖がっているのだ。
だからといって、ゆりかのことを諦めるなどできるはずもない。
――一体、どうすればいいんだろう?
こんな時、自分が天邪鬼な考えを持っていることが幸いしてくるのではないかと思った。
相手を深く考えることが、逆の発想を生むのが天邪鬼だという思いが強くなったことで、ゆりかが思っている相手のことも、詳しく知ることができるのではないかと思えてきたのだ。
本当なら、恋敵になるような相手のことを知りたいなど、今までなら思ってもみなかった。それは嫉妬からではない。
――俺は、そいつとは違うんだ――
という思いから、その人のことを知りたくないと思っていたが、実際にはその反対で、相手のことを知らないのに、相手と違うという考えもおかしいということに気付いていなかった。
だが、どうやって知ればいいのだろう?
ゆりかの心の中まで覗けるわけはない。そこで感じたのが、ゆりかが昇を慕う目をした時に、昇が感じた苛めたいという気持ち、
――この気持ちに正直になればいいんだ――
と、思うようになった。
――ゆりかを苛めてみたい――
と思ったことで、昇は自分の中にあるS性を引き出すことができ、ゆりかも博という男性を思い出すことになるのではないか。そう思うと、少し怖いが、昇は自分の考えたことを実行してみようと思ったのだ。
昇は、そこまで考えた時、もう一つの疑念が頭に浮かんできたことを感じた。
いや、むしろ、そこまで考えたから浮かんできた疑念ではなく、最初から持っていた疑念ではないかと思うようになっていた。
――ゆりかという女性を見た時、自分と似たところがあるように思える――
と感じたことだった。
ゆりかと知り合ったのは、ゆりかが昇の中に、自分が知っている男性に似ていることで声を掛けてきたからだったが、その時のゆりかの態度は不可解だった。
昇に対しての態度は、知っている人に似ているということで声を掛けただけなのに、その顔にはどこか驚きの表情と、それとは違う違和感があった。。
その違和感は、まるで幽霊でも見ているかのように目をカッと見開いて、見えなければいけないものが消えないように、見定めようとしているかのように思えた。今までいろいろな女性と目を合わせることがあったが、そんな目をしたのはゆりかが初めてだった。
もっとも、今まで知っている女性といっても、別に付き合ったという女性ではないので、当てにはならないが、それでもその態度は、昇に興味があって見つめている表情ではないことは確かだった。今までの昇なら、
――俺に興味があるわけでもないのに、そんなに見つめられたら勘違いしそうで、迷惑だ――
と感じたことだろう。
しかし、ゆりかに対しては迷惑という感じはなかった。むしろ、
――もっといろいろ知りたい――
と感じさせた。
それは、ゆりかの中にもう一つ気になるところがあったからで、それを気にしなかったのは、やはり昇の中に見たという男性の存在が、かなり大きかったに違いない。
それを嫉妬というべきか、昇はハッキリと分かっていないが、少しずつでもゆりかのことが気になって行ったのは事実である。
――ゆりかの心を繋ぎとめておくにはどうしたらいいのだろうか?
などという考えが頭に浮かんできていた。
どうしても、今までの経験から、消極的な気持ちになってしまう。まだ知り合って少ししか経たないのに、
――気持ちを繋ぎとめておくにはどうすればいいか?
などという考えは少しおかしい。
ずっと付き合っていてから考えるのであれば分かるのだが、まだ自分のことを好きになってくれているわけでもない相手に対して考えることではないからだ。それを消極的だと考えるのもおかしなことで、やはり、自分の中に誰かゆりかの知っている男性がいるかも知れないという気持ちになっているからなのかも知れない。
その男性のことを知りたいのは山々だが、自分から聞くのは筋違いな気がしていた。ただその考え方は違っている。筋違いだと思うのは、聞くのが怖いからで、別に相手が昇の中にその人を感じたのであれば、それを聞くのは無理のないことで、筋違いというわけではないだろう。
知りたいのに聞くのが怖いというのは、ゆりかの口から出てくる話が、ゆりかの中にある想いから語られるのであって、一方的な話になるかも知れない。それを贔屓目といい、聞きたくもない話を聞かされることになっても仕方のないことだろう。
そんな話を聞きたいわけではない。贔屓目のない話を聞きたい。ゆりかの口から聞かされるのであれば、聞かない方がマシだと考えるのも、当然のことだった。
だが、ゆりかと知り合っていくうちに、どうしても知りたいという思いが強くなってきた。それがゆりかの贔屓目な話であっても、仕方がないという思いにまでなっている。その話を聞いて、後悔しないという自信はないが、聞かない方が後悔するかも知れない。
――どうせ後悔するのであれば、聞いた方がいい――
と昇は考えるようになったが、それはまだスタートラインに立ったわけではない。スタートラインに立つには、
――どのように話を切り出せばいいのか――
というところまで考えたところで、やっと行きつくことができる。
人と話をするのがあまり得意ではなく、しかも相手が女性となればなおさらで、自分から話を切り出すなど、今までになかったことだ。しいて言えば、幼馴染の女の子であれば、話を切り出すこともできたであろう。
昇は、自分の幼馴染の女の子のことを思い出していた。彼女とは、ここ数年会っていないが、大学を卒業するまで、離れていても連絡は取り合っていた仲だった。
――今頃どうしているのだろう?
そんな思いが頭を巡った。