小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

二度目に目覚める時

INDEX|19ページ/34ページ|

次のページ前のページ
 

 ゆりかと知り合って約一か月が過ぎようとしていた。その間に、同じ日を繰り返しているという錯覚や、鬱状態になるようなこともなく、昇の中では、
――久しぶりに平穏な時期が過ごせた――
 と思える時期だった。
 最初は、
――もう一か月も経ったんだ――
 と思ったが、一か月前のことを思い出そうとしていると、今度は、
――まだ一か月しか経っていないんだ――
 と、まるで時間が短かったかのように思えたが、実際には一か月前のことを思い出そうとすると、またしても、霧に包まれたようにおぼろげであった。そんな時、ゆりかが昇の気持ちを察したかのように、
「そろそろ知り合ってから、一か月が経ちますね」
「そうだね。あっという間だったようで、長かった気もする」
「どっちを強く感じますか?」
「最初は短かったように思っていたけど、思い立ってみると、長かった気がするんだ。漠然と考えると短いけど、知り合った時のことを思い出そうとすると長く感じるとでも言えばいいかな?」
「そうなんですね。実は私も同じ思いなんですよ。一番最初にあなたに声を掛けた時に、またお会いできるなんて思ってもいなかったので、一か月前の再会というのは、私にとっては、結構大きな出来事だったんですよ」
「それは、俺だって一緒だよ。君に一番最初に声を掛けられた時、違う人と間違えられたにも関わらず、その時のことが頭から離れなかったんだ。まったく知らない人のはずなのに、妙に懐かしさを感じてね」
「再会した時、あなたは私が間違えた人のことに触れなかったわね。私にはそれが嬉しかったんだけど、あなたは、気にならなかったの?」
「気にならなかったと言えばウソになるけど、人の過去をいろいろ詮索したって仕方ないと思ったしね。それに、誰にだって人には言えない秘密を一つや二つは持っているものさ。気にしても仕方がないしね」
「私も実はあなたにいくつか感じているわ。私がいくらあなたのことを想像しても、想像の範囲を超えることのないものがあるっていうことを。想像を逸脱してしまって、中がギクシャクするくらいなら、余計なことは考えない方がいいって私は思うの」
「それは正解かも知れないね。俺も同じことを考えているから、おあいこさ。でも、普通カップルって、こんな話しないものだって思うんだけど、俺は悪い気はしていないよ。却ってお互いのことを包み隠さずに話せているようで嬉しい」
「でも、あまりそのことを意識してしまうと、プレッシャーになってしまって、却ってお互いにギクシャクしないとも限らない。やっぱり自然が一番なのよ」
「今が自然だからギクシャクしていないのさ。お互いに話をするのも、自分が言いたいからであり、自分のことを知ってほしいと思っているからでしょう?」
「そうね。こういうお話も大切なのかも知れないわね」
 ゆりかは、そう言って一か月前を思い出していた。さらに、
「私が昇さんと間違えた博という人は、元々私が付き合っていた人だったの」
 自分が間違えた相手のことを初めて話し始めた。もちろん、昇も博という人がゆりかにとって大切な人だったというのは分かっていたし、意識していないわけでもなかった。ただ、
――いずれ話をしてくれるだろう――
 と思って自分から話をしなかったのだが、話しをしてくれるその日がちょうど、再会してから一か月経ったのを思い返したその日だったのだ。
「その博さんという人とは、どうして別れたんですか?」
 いきなり核心をついた質問になったが、一番聞きたいことを後に放っておくことのできないのが、昇の性格だった。
「別れたというか、彼は私の前から急に姿を消したんです」
「その人の家や会社は?」
「実は、彼の話していた会社や家は、存在しませんでした」
「えっ、騙されていたということですか?」
「私もそう思ったんですが、どうも違うみたいなんです。彼の存在自体が、まるでなかったかのように、いろいろ調べてみたんですが、どこにもないんです。私も何が何か分からなくなってきて、相当頭の中が混乱してしまい、しばらくノイローゼのようになってしまったんです」
 信じがたい話だが、ゆりかの話が本当なら、ノイローゼになったとしても、無理のないことだ。
 あまり女性と付き合った経験のない昇だったが、ゆりかの話を聞いていて、自分が同じような立場に立たされた場合、どうなのかということを考えてみた。
 もちろん、男性と女性の立場の違いはあるのだろうが、そんなものは建前と考えて、親身になって感じてみることにすると、次第に気持ちが伝わってくるような気がした。
 呼吸困難に陥るほどの苦しさが襲ってくるようで、そのくせ、呼吸困難に陥っている状態を、他の人に知られたくないという思いが溢れてくるのを感じた。
 今まで自分のそばにいてくれた人が、急にいなくなったという感覚は、目隠しされている状態で、今まで自分を引っ張ってくれていた絶対的に信用できる相手が、急に消えてしまったような感覚である。一歩も動くことができない。先に進むことはもちろん、後戻りもできない。さらに、その場所にいてもいいのか分からない。そんな状態に置き去りにされた人間が、果たしてどうすればいいのかを考える。
 そんな時、昇は自分の無力さを思い知らされる。本当であれば、開き直ってでも、自分が進む道を決めなければならないのに、目が見えない状態で置き去りにされた場面を一度でも想像してしまえば、もうどうすることもできなくなっている。
 だが、ゆりかは、その状態から少しでも前に進んでいるようだ。昇にはどうしてなのか分からなかったが、次第に分かってくるようになると、
――なんだ、そういうことか――
 と感じるようになった。
 ゆりかは、開き直ったのだ。自分の置かれている立場を見つめることで、
――これ以上、悪くなることはない――
 とでも感じたのだろうか? それとも、昇の存在が、密かにゆりかの心を動かしたのだろうか? だが、昇には分からない。ゆりかの立場に立って考えようと思えば思うほど、その気持ちを計り知ることはできなかった。
――これが、男と女の違いなんだろうか?
 と、考えたが、半分当たっているようで、半分は違うように思う。ということは、それだけでは、まだ足りないということなのだ。
 では、一体何がゆりかを動かしたのだろう。
 昇を最初に博という人と見間違えたほど似ていることで、昇の中に博を見たのだろうか?
 いや、それなら、一か月も付き合っていて、違和感が一度もないなどということは考えにくいように思えた。
 昇は、博という男ではないのだ。
 これはれっきとした事実であり、ゆりかも分かっているはずだ。だが、似ているということで、
――少しでも博に近づきたい――
 という気持ちになったとしても無理のないことだ。しかし、どうやっても平行線で、交わることなどないことに、すぐに気付きそうなものである。
 気付いたら、違和感の一つもあるはずだ。それがないということは、気付いていないのか、それとも、ゆりかが相手に気付かせないほど、自分を表に出さない性格なのか、あるいは、昇が恐ろしいほど鈍感なのかのどれかであろう。昇が考えるには、そのどれでもないように思えてならない。
作品名:二度目に目覚める時 作家名:森本晃次