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二度目に目覚める時

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 そんな時のキーを握っていたのが、昇に話しかけてきた女性の存在だった。昇のことを、誰か他の人と勘違いしているようだったが、話しかけてみたはいいが、本人の中で、
――そんなことはありえない――
 とでも言いたげだったのが印象的だった。オカルト好きの昇には、何となくその気持ちが分かるような気がしていた。
 ただ、その時に感じたのは、まわりのスピードが急に遅くなったことだった。彼女が話しかけてきた時のことを思い出してみると、その時はまわりのことをそれほど気にしていたという意識はないのだが、今から考えると、まわりのスピードがあまりにもゆっくりだったように思えてならない。それは、まわりの空気が凍ってしまったかのように冷たかったからなのかも知れない。
 だが、本当にそれだけだろうか?
 昇はその時だけ、二人のスピードが、高速だったように思えた。まわりが二人を意識できないほどのスピードの速さで、まわりを意識させないような膜を張っていたのかも知れない。ただ単にスピードが速いだけなら、却って意識されてしまう。まわりに意識させないコツとなるスピードが存在していて、その域にその時の二人が入っていたのだろう。
――これって次元の違いのようなものなんだろうか?
 少し飛躍した考えだったが、ここまでくれば、少々の飛躍は想定内のことだった。次元の違いという発想は、同じ日を繰り返すという時間を次元と考えるなら、説明も付けられるかも知れない。また、次元の違いが別の世界を創造するのであれば、「自殺菌」なる菌の存在もあながち認められないものでもないだろう。
 確か、この間話しかけてきた女性と再会したのは、昨日のことだった。
――確か?
 どうしてハッキリと言いきれないのだろう?
 それは、やはり同じ日を繰り返しているという発想が頭の中にあるからだろうか?
 ということは、彼女と今日ももう一度再会することになる。そういう意味では彼女との再会は何度目だと言えばいいのだろうか?
 彼女は名前を香坂ゆりかと言ったっけ。
「私ですよ。ゆりか、香坂ゆりかです」
 と、あどけない様子で彼女は言った。まるで、
「どうしたの? 忘れっちゃったの?」
 と言わんばかりのその様子に、昇はどうリアクションしていいのか分からなかった。
「あ、いや、ごめん。ちょっと疲れているのかな?」
 と、ありきたりな返事をしたが、彼女はおどけたような態度で、
「なあんだ。それならいいのよ」
 と、何度も会っている周知の仲のような態度で接してくる。
 最初こそぎこちなかった昇だが、少し話をしていると、本当に彼女とは以前から知り合いだったような気がして仕方がなくなっていた。しかも、それは、
――そんな気がする――
 というだけではなく、彼女のことで知らないはずのことまで知っていたかのように思えてくるのだった。
「そういえば、この間見た映画、よかったわね」
――映画?
 そう言われて、自分の記憶を引き出してみると、
「ああ、確か、三月の末に見に行った『タイムアップ・リベンジ』だね」
 というと、彼女は最初驚いた様子だったが、急に身を乗り出して、
「そうよ。ちゃんと覚えているじゃない」
 ここまで大げさに驚いてくれると、却って恐縮してしまった。「タイムアップ・リベンジ」というのは、彼女が好きな映画勘監督の最新作で、恋愛モノにSFチックな話を織り交ぜた、異色作だった。
 だが、そんな作品を昇は見た記憶はなかったはずなのに、ゆりかに言われて、本当に見たような気がしてきたのだ。
 それから、ゆりかと少し映画の話に花が咲いた。
――どこかでボロが出るかも知れない――
 と思いながら、恐る恐るであったが、話を合わせるつもりだったが、実際に話をしてみると、昇の方が内容を覚えているくらいで、
――俺って、忘れっぽかったはずなのに、どうしたんだろう?
 と感じた。
――ひょっとすると、中途半端に思い出そうとするから思い出せないだけで、一瞬でも、真剣に思い出そうとすれば、後は芋づる式に思い出せるのかも知れないな――
 そう思った昇は、今度は真剣に、ゆりかのことを思い出そうと思った。
――おいおい、どんどん記憶が引き出されるじゃないか――
 と、自分でもビックリしていた。
 しかし、思い出して行くうちに、疑問も湧いてくるのだった。
――これって、本当に俺の記憶なんだろうか?
 本当にゆりかに対しての自分の記憶なのかどうか、それが疑問だった。
 ゆりかというのは、自分にとってどんな女性なのか、ハッキリと思い出すことはできない。それなのに、二人で一緒にいたという「表に出ている記憶」だけが存在するのであった。
――記憶って、一体何なんだろう?
 意識していたことを、記憶という格納する場所へ移行することだと思っているが、その考えに間違いはないはずだ。しかし、まずは、意識することから始まるはずなのに、意識したという覚えがないのだ。それなのに、記憶の中に存在していた。だからこそ、本当に自分の記憶なのかどうか、疑問なのだった。
 ただ、これは、
――自分が同じ日を繰り返しているのではないか?
 という意識の中で感じていることだった。
――同じ日を繰り返しているというのは、俺の勝手な意識の中でのことで、夢を見ているだけだっていうオチだったら、おかしいよな――
 急に、同じ日を繰り返しているという発想が滑稽に感じられた。本当は一番そのことを信じていたのは自分だったはずなのに、そして、信じていたのは、いずれ自分にも訪れるという根拠のない予想が当たっただけなのに、それを滑稽に感じるというのは、相当頭の中で堂々巡りを繰り返してきたことで、何か笑えるような結論に達してしまったのかも知れない。
――ゆりかという女性は、どこまで何を知っているのだろうか?
 昇が本当はゆりかを知らないということを知っている上での話なのだろうか? もしそうだとするならば、ゆりかにはどんな意図があるのだろう? 何よりもゆりかに何のメリットがあるというのか、昇には何も分からなかった。
 ゆりかと一緒にいると、今まで知らなかった世界が見えてきた。だが、それはいいことばかりではなく、怖いことも思い出したのだった。
 中学の頃から時々起こった躁鬱症。思い出した怖いことは、その時の鬱状態に似ていた。すべてがうまく行かず、絶えず何かに怯えていた。動くことに恐怖を感じていた時のことだった。
 それでも、ゆりかに対しての不安を感じることはなかった。
――一緒にいると癒される――
 そんな思いが昇にはあった。最近、同じような思いを抱いた気がしたが、それが、綾に対してだったことは、すぐに分かった。
 昇は、自分にとってそれほどたくさんの女性と関わった意識がないだけに、すぐに思い出せるのだろう。ただ、ゆりかと一緒にいると、綾のことが気になるようになったのは最近だったはずなのに、かなり前だったように思えてくるから不思議だった。
 ゆりかと一緒にいると癒されるのに、ゆりかの表情が冴えないのはなぜだろう? それにゆりかが最初に言った「博」という名前、誰のことなのか分からないのに、名前を呼ばれると、ドキッとしてしまっていた。
作品名:二度目に目覚める時 作家名:森本晃次