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短編集21(過去作品)

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 それにしても不思議だった。初めて出会った時の印象と、少し慣れ親しんでからの印象とでは、普通は少し違うものだった。最初はぎこちなかった表情に親しんでいくうちに、いろいろな表情を垣間見ることで、その人の印象が変わってくるもののはずだと忠文は思ってきた。
 しかし久美に関してそれは当てはまらなかった。ニコヤカな表情、妖艶な表情と、いろいろ表情豊かな彼女を見ているはずなのに、初めて見た時に感じた印象と、さほど変わらないのだ。
――よほど最初に見た印象が深かったに違いない――
 しかし、その時に最初に見た表情を思い出そうとするが、はっきり思い出すことができない。おぼろげながら覚えてはいる。しかしはっきりと目を瞑った瞼の裏には浮かんでこないのだ。
 最初に見た印象というのは、初めて彼女を意識するより以前に、チラッと見かけた印象である。意識し始めてからの印象はそれほどでもなかった気がするからだ。
――インパクトには欠けるが印象の深い顔――
 忠文はいろいろ考えてみた。
「一体、何を考えてるの?」
 久美は何でもお見通しなのか、忠文をじっと見詰める。
「いや、君のことだよ」
 普段ならハッキリとそんなことは言わない忠文が違和感なく言ってのけた。きっと、この場独特の雰囲気が今の二人を支配しているのだろう。
「そうなの」
 そう言って照れることなく聞いている久美にしてもそうなのだろう。
――とにかくまったくの無表情だったのかも知れない――
 これが最終的な忠文の出した結論だった。その気持ちは後になっても変わることがなかったので、きっと間違いないと今でも忠文は思っている。
 そこには何の感情もなく、目だけが景色を捉えていて、どんなことを意識していたのかがまるで想像もつかない世界であったに違いない。
――まったく隙がなかった――
 相手に気持ちを悟らせることなく、それでいて強烈なインパクトを与える表情。そこに何の隙があろうことか。忠文が初めて女性、いや人間の深さを感じた時だったかも知れない。
 それまでにも、人間的に尊敬できる人はいた。しかし、どこからその尊敬の念が出てくるのかよく分からなかったが、きっと相手に隙を与えない表情だったのかも知れない。表情を見れば相手の気持ちを考えることなく、尊敬に値する人物であることを認識できるのだ。私自身が成長したのもあるかも知れない。しかし、そんな時に現れた久美の存在は、忠文にとって一生忘れられない存在になることを予感させた。
 忠文は久美に誘われるまま、素晴らしい夜を過ごしていた。その時々はしっかりとした意識の元にいるのだが、時が少しでも進むとそれもすべて「過去」になってしまうということなのか、遠い過去のような気がしてくるのだ。その時だけで精一杯だったのかも知れない。
 それはベッドの中でも同じことだった。いや、ベッドの中こそ記憶を思いとどまらせてくれないほどで、センセーショナルな思いを自分に植え付けているものなのだろうと、忠文は感じていた。特に妖艶な表情の久美に対し、身体がいくつかに別れてしまったのではないかと思えるほど、敏感に感じていたに違いない。
 指に残った肌の感触、暖かく湿った感触は確かに初めてのものには違いなかったが、以前にも感じたことがある。そう感じたのはベッドで目を覚ました時であって、隣で寝ている久美は、気持ちよさそうに寝息を立てていた。
――これが、さっきまでの久美?
 そう思ってしまうほど、先ほどまでの久美は乱れていた。自分が何者か見失ってしまうほどの快感に酔いしれた忠文は、時間も感じず、ただ久美の寝顔を見続けていた。
――以前に味わったことのあると思ったのはきっと錯覚に違いない――
 意識がハッキリするにしたがって、忠文は感じた。しかし指に残った感触は意識がハッキリし始めても忘れるものではない。もし以前にも同じような感覚を味わったことがあるのであれば、決して忘れているはずはないからだ。そういう意味でも身体が覚えていることで、錯覚と言い切れない自分がいることに気付く。
 遠い記憶の中で忘れかけている記憶、少しずつ記憶をさかのぼっていたのでは、きっと分からないだろう。ゆっくりでもいいのだが、一足飛びに記憶がさかのぼるためのターニングポイントがどこかにあるのかも知れない。ひょっとして今いるこの時が、将来においての人生の中にある何回かのターニングポイントになるかも知れないと感じていた。
――母親のお腹の中で味わった思い――
 そこまで気持ちが達すると、今まで生きてきた人生の縮図の一端を垣間見た気がしてきた。身体全体を包んでいる羊水には、きっと感触などないのだろう。胎児と同じ体温を常に保っていて、胎児の体温が上がれば母体もそれに合せて羊水の温度を上げる。胎児は何も意識することなく、羊水に浸かっていられる。
 胎児がお腹の中の記憶とともに感覚がないのは、そういった母親の本能が感覚というものを押し殺しているのかも知れない。
 しかし、どこかにその感触は残っているのだろう。ふとしたことで懐かしく感じることがあるのは、きっと無意識ながらに、胎児の本能として母体の中でのことを覚えているからではないだろうか。
 忠文はそのことを考えている。今、自分は母親の身体の中に委ねられているに違いないのだと……。
 目くるめく快感の中を漂う忠文は、湿った空気の中に切なく聞こえる久美の吐息を遠くの方で聞いていた。回りには誰もおらず遠慮などいらないはずの部屋の中で、押し殺したような声が耳の奥に響いていたのだ。
――まるで他人事のようだ――
 夢にまで見た快感とはこんなものだったのかと、心の中で自問自答を繰り返す。熱くなった身体に押し寄せてくる快感は何度となく感じていた。何度も久美の名を呼びながら高まっていく自分を感じている。
――何かが違う――
 羊水に浸かりながら考えているようで、身体は別の場所にあるような感覚である。
 しかし確実に久美にとっての興奮は伝わってくる。彼女の高ぶりを感じていると忠文も自分の限界が近いことを知るのだった。
「ああっ」
 切ない声が耳たぶを心地よく揺さぶっている。声を出すつもりはなくとも自然と漏れてくる声もあるものかも知れないと常々思っていた忠文は、今それを実感している。他人事のようだが、耳の奥に自分の吐息を感じる。
――久美の声をもっと聞きたい――
 そう考えれば考えるほど声が漏れるのだった。
 緊張が完全に解けた時、忠文は自分が久美の中に入っていくのを感じた。神経を下半身に集中させ、一気に放った快感が久美を貫いた時、久美も今まで抑えていた声も限界のようだった。
「もうだめっ」
 その声を聞いたが早いか、忠文は久美の中で果てていた。
「ふうっ」
 どちらともなく漏らした溜息、それを聞いて疲れがドッと出たような気がした忠文だった。
 気だるさが全身を襲う中、お互い一瞬仰向けになって、真っ暗な天井を眺めていた。
 次第に目が慣れてくると、気だるさが全身を襲っていたが、意識はしっかりしてくる。さっきまで感じなかったシーツが、やけに肌に敏感に感じている。
作品名:短編集21(過去作品) 作家名:森本晃次