短編集21(過去作品)
「あの、いかがですか?」
振り返ればニッコリと微笑んだ久美がビールを持って待っていてくれた。
――かわいい――
ここまでまともに見ていない顔だったが、その声の可愛らしさから想像した顔そのままの女性が、そこには佇んでいた。思わず「かわいい」と思ったのも無理のないことだと、自分で納得している。
「あ、ありがとう」
声が少しどもってしまった。あまりアルコールの強くない私は酔っ払ってしまったのかとも思ったが、まだ、お腹にもたれていないことから、大丈夫なのだと感じていた。
そこからの久美は明るかった。最初暗いイメージを持ってしまった自分が恥ずかしいくらいで、それでもすぐに打ち解けることができたのは、持ち前の人見知りしない性格からだったのだろう。
「私、合コンってあまり得意じゃないんですよ」
「ははは、実は僕もそんなに参加したことないですね。みんなは好きみたいなので、結構やってるみたいですけど」
「そうですの? でも、そんな感じですわね。見た時から分かってましたわ」
きっとまわりをキョロキョロする姿を見てそんな風に思ったのだろう。
そこからは私の話を聞いてくれた。鉄工所に勤めているが本を読むのが好きな私は、ミステリーが好きでよく読んでいた。それこそ一ヶ月で数冊は読んでいたので、話題には事欠かないと思っていたので、その話題を振ると、
「私もミステリーが好きですのよ」
と、さらに目を輝かせ、好奇心旺盛な表情は、ほんのりと赤らんでいた。アルコールと好奇心に満ちた表情が半々といったところだろうか。
見ていると彼女もアルコールは強い方ではないのだろう、最初はゆっくり飲んでいた。しかしミステリーの話に花が咲き始めた頃から、少しペースが早くなってきたのか、目が虚ろになるまでそれほど時間が掛からなかった。
今まで酔っ払った女性はあまり好きではなかった。古い考えを持っているわけではないが、あまり恰好のよいものでないことは確かだと思っていた。
――ここまでアルコールで綺麗になれるものなのか?
綺麗というか妖艶なその瞳は、虚ろなまま私を捉えている。その瞳に移った私の姿は、まるで吸い込まれて出られない状況を示しているかのようだった。
そこからは会話が弾んだ。どちらから話していても、しっかりと会話についていけるだけの話題が見つかったのは幸運だったと言えるだろう。お互いに会話に割り込むことをせず、相手の話を噛み砕いて返答できることには長けているようだ。
――なかなか、頭のいい人かも知れない――
忠文はそう感じた。あまり教養という意味では勝てるとは思っていない忠文は、相手の話をしっかり聞くことだけはいつも心掛けている。それによって相手の言わんとすることを理解するだけでなく、相手の性格や感性までも見抜くことを無意識に身に付けていた。――落ち着いて相手の話に聞き入れば相手の気持ちが分かってくる――
というのが忠文の持論であった。
しかしそれでも本を漠然と読んでいるわけではない忠文の話を、尊敬のまなざしで見つめる久美がますますいとおしくなっていた。今まで感じたことのないほどの胸の鼓動に、我を忘れそうになる理性を、必死で堪えていた。
会話は合コン終了まで続いた。
皆それぞれ、自分の相手が出来ていて、必然的に忠文と久美のカップルも出来上がる。それぞれ夜の街に消えていくのだが、久美は忠文を引っ張るようにして、同じく夜の街へと繰り出した。
ゆっくりできるところを知っているということで久美が連れていってくれたのは、レンガが素敵なスナックだった。この街が港街ということもあり、レンガ造りに、ガス塔のような照明が目立つレトロな雰囲気の店が多かった。さすがに暗い照明の中の店で、よく見ると外国人も馴染みになっているようだ。体格のいい、背の高い白人の男性が、化粧も煌びやかな女性を連れている。それこそ戦後すぐにでもタイムスリップしたかのようだ。
「しゃれたところを知っているんだね」
座るや否やあたりを見渡した私に、
「今までに男性を連れてきたことは、ほとんどないんですのよ」
微笑みながら、久美が答える。虚ろな目で見上げられているようだ。
「え? 本当なんですか?」
とにかく意外だった。
「ええ、一人で来て一人でゆっくりすることが多いですわ。最初はお友達に連れてきていただいたんですが、そのうち一人で来るようになって。今ではマスターとも顔見知りで、常連の方々の仲間入りをさせていただいてます」
とにかく天井が高く、木造の店内はウエスタン調に仕上げられている。音楽もラテン系が掛かっていて、いかにも港町の雰囲気を醸し出していた。
久美の喋り方を聞いていると、いかにも「お嬢さま」の雰囲気がある。少なくとも忠文は自分の育った環境との違いを噛み締めていたに違いないが、果たして久美の方で忠文のことをどう見ているか、見当もつかなかった。
さすが慣れているだけあってメニューの選び方も落ち着いている。ただまわりを見渡してはなかなか雰囲気に馴染めないでいる忠文を嘲笑うかのように時間が過ぎていった。
しかし悪い雰囲気であるはずはない。こんな素晴らしい店を知っている久美に、ある種の尊敬の念を抱いている忠文が、まるで久美を以前から知っていたような錯覚に陥ってしまったのも無理のないことだ。
さらに最初こそ浮いて感じた自分が、次第に店の雰囲気に馴染んでいく気がしてきた。何か懐かしささえ感じる店内は、きっと照明が暗いことから記憶の中の過去の自分とダブッていると思うかも知れない。
店の明かりが目に慣れてきた頃、初めて久美の顔をマジマジと見つめた。
「ふふっ」
不敵な笑みを感じた久美の口元が怪しく歪んだが、声が漏れたかどうかは定かではない。
ゆっくりと見つめられ忠文も笑みを返すが、その時はすでに落ち着いた気分になっていた。
一度覚めたアルコールが、再度廻ってきた。今度は完全に身体のだるさを感じ、心地よさが、身体の奥から沁みだしてくる。最初はお腹に溜まってしまうからなのか、気持ち悪さを伴っていたが、心地よいだるさを感じている今は、
――これが気持ちいい酔いというものなのか――
という気分にさせてくれる。
きっと久美もそうなのだろう。さっきまでの酔いとはあきらかに違い、今にも乱れてしまいそうなほどの気だるさを表している。もし自分がシラフであれば、きっと、
――ふしだらな女性―-
に見えていたかも知れない。
――時は熟した――
少なくとも忠文は感じた。
女性経験のない忠文だったが、雰囲気に酔っていたこともあり、自分がまるで女性をエスコートしているのではと思えるほどに、気持ちは高揚している。
久美にしても相手がどうであれ、この際関係なかった。
――相手をしっかり見て選んでいる――
という気持ちが強く、だからこそこの店に連れてきたのだ。合コンの中にいた他の男と仲良くなっていたとしても、決してこの店に連れてくることはなかったであろう。
作品名:短編集21(過去作品) 作家名:森本晃次