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短編集21(過去作品)

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増え行く時間



                 増え行く時間


 男と女が恋人同士になったと考えるのは、一体いつからだろう?
 実際に付き合っていて、恋人同士だと思える関係になってから、しばらくして思い返してみる。ハッキリしないだけに、なったと思われる瞬間を後から思い返すことは、大切なことかも知れない。私こと梅宮弘樹は、聡子のことを思うたびに考えてしまう。
 聡子と知り合ったのは旅行先であった。私は一人旅が好きで、学生時代からよく一人で旅行に出かけていたが、社会人になってからでも休みが取れれば、出かけてみたいと思っていた。
 しかし、さすがに大学時代のようにユースホステルというわけではない。一度社会人になって最初の夏休み、長崎に行った時にユースホステルに泊まったが、その時すべてが学生で、一人浮いた気分になってしまった。実際は浮いていなかったのだろうが、どうしても大学の話題などで盛り上がっている中には入っていけず、話題に取り残されてしまったという苦い思い出だけを残してしまったのである。幸い長崎は二度目の観光だったので、一人だけで孤独感を味わうこともなく済んだ。それからは、旅に出てもビジネスホテルを使うようになっていた。
 本当に一人旅という気分である。学生時代は一人で出かけても、現地で友達ができ、孤独感など、どこにもない。いや、友達を作るのを目的に出かけていたようなものである。特に女性の知り合い、旅行から帰ってきてもお友達でいられるような相手を見つけるのが目的だった。
――近くの人なら付き合えるな――
 そんな気持ちが根底にはあった。下心と言えば下心である。何人か友達でいたこともあるし、実際に付き合った人もいた。
 中には男女の関係になったこともあった。相手は私よりも年上、どちらかというと積極的なのは相手の方だった。
 それが最初に行った長崎でのことだった。
 確か名前を良子と言った。旅先でお互いに連絡先を聞いていたので、戻ってきてから一週間後に連絡を取ろうと考えていた。さすがに帰ってきてからいきなりでは相手を警戒させるだけだと考えたからである。
 しかし良子は違った。良子の方から連絡をくれたのである。
「こんにちは、さっそく電話してみました。覚えてる?」
「え? あ、良子さんですか?」
 少しうろたえてしまった。覚えているもくそも、忘れるわけないではないか。だがさすがにいきなりの電話にはビックリしてしまった。声を聞いただけで、すぐに良子であることは分かったが、電話の声を聞いているだけではドキドキしている感じが見えてこない。
――私だったら緊張して声が裏返っているかもな――
 女性というのは極端だ。電話を掛けても緊張からか、まったく声にならない人もいれば、良子のように自分から電話を掛けてくる女性もいる。しかし、良子のような女性が希であることは、さすがの私にも分かっている。
「そうよ、長崎楽しかったわね。またお会いしたいわ。そして長崎の話でもしましょう」
 彼女にとって、長崎の話は二の次、目的は私に会うことだというのは一目瞭然である。私にとっては願ったり叶ったり、当時大学一年生で、一番忙しくない時期だったこともあり、予定はほとんど空いていた。だが、いきなりすぐに会うのは自分の性格からして躊躇った。
――彼女のような積極的な女性は、焦らした方がいいのかな――
 あまり女性経験のない私だったので、あくまで直感である。逆にホイホイで会いに行くと、彼女のような積極的なタイプの女性に対しては、完全にペースを握られてしまう恐れがある。ここは一つ一拍置くのも手であろう。
「じゃあ、一週間後に会いましょう」
 そう言って、約束を取り付けた。
 約束の時間に、すでに良子は待っていてくれた。旅行先ではさすがに動きやすいようにジーンズだった良子が、待ち合わせでは淡いピンクのカジュアルスーツのような恰好である。化粧は薄めだったが、口紅は真っ赤で、いかにもOL風の恰好である。
 私もあまり服をたくさん持っている方ではないので、大学に行く時とあまり変わらない服装だった。まわりから見れば、
――大学生とOLのカップル――
 として写っているに違いない。
「良子さん、OLだったの?」
「違うわよ、少し大人っぽくしてみようと思ってね」
 口元が怪しく歪んだ。確か女子大の三年生で私より二つ年上のはずだ。しかし、その日ばかりは、五つくらい年上だと言われても違和感がなかったように思う。
 その姿を見ただけで悲しくも良子の虜になってしまった。却って妖艶な服装でない方が私にはよかった。特にショートカットの良子に妖艶な服装は似合わないだろう。
 私は常々、ショートカットが似合う人はロングヘヤーでも十分に似合うのだと思っている。ロングの人はショートが似合わないというわけではないが、ボーイッシュな雰囲気の中で女性っぽさを醸し出すことのできる人が私の好みなのだ。
 スリムであるにもかかわらず、胸やヒップのラインはしっかりしている。それを表わすことのできるようなビジネススーツ、しかも淡い色というのは、服より身体のラインを引き立てるに十分に見えるのだ。
 計画はすでに立てられていた。待ち合わせの場所に私が現われた時点で良子の計画は進行していた。
「食事に行きましょう」
 私の手をとるように、引っ張っていく。場所はフランス料理のフルコースを食べさせてくれる、大学生には少し贅沢に思えるような場所。彼女は臆することなく店内に入り、手馴れた雰囲気で注文していく。席は予約していたようで、表が綺麗に見える窓際の席へと進んでいった。
 キョロキョロしている私に、両肘をついて興味深げに私を見つめる良子。
「緊張しなくてもいいわよ」
「でも……」
 まず気になったのはお金だったが、それよりも、完全に主導権を握られてしまった自分に対して情けなさがあり、「でも……」としか答えられない自分が悔しい。
 そんな私を見ながら唇を歪める良子は、実に妖艶だ。顔はニコニコしているが、
――まな板の上の鯉――
 である私は視線から逃れることができない。
 ボウイが食前酒ということでワインを注いでくれた。
「乾杯」
 ゆっくりと飲み干せばいいものを、緊張と恥ずかしさからか、一気に飲み干してしまったのがいけなかった。そこから先は自分でも断片的にしか覚えていない。料理が運ばれてくることや、思ったより一つ一つの品が少ないということなど、味なども他愛もない感想しか覚えていない。良子とどんな会話があったのかなど、まったく覚えていないのだ。
 気が付けばホテルのベッドの上にいた。
 真っ暗なベッドルームの向こうに、擦りガラス状になった浴室から明かりが漏れている。
「シャー」という水の流れる音、よく目を凝らしていると、見覚えのある身体のラインがシルエットに浮かび上がっていた。
――良子はシャワーを浴びているんだ――
 酔いが覚めてきた。いくら弱いといっても、たったあれだけのワインで酔うこともないだろう。食事中にも呑んだに違いない。だが、部屋で目を覚ましたその時には、すでにアルコールは抜けていた。かすかな頭痛を感じたが、それもしばらく続くことはなかった。良子はすぐに浴室から出てきた。
作品名:短編集21(過去作品) 作家名:森本晃次