短編集21(過去作品)
――限りなく白に近い黄色――
と感じたのは、気絶することを初めて意識した時に、
――あれ? 初めてではないような気がする――
という意識があったのも事実である。それもかなり以前に……、懐かしさが頭を掠めた。
しかし、記憶というものほど曖昧なものはないと、いつも言い聞かされて来たようである。小さい頃から言い聞かされていたような気がするのは、最近感じることで、自分の記憶の中で時系列が崩れているからかも知れない。それを何とか正常に並び替えようとする意識が働いた時、胸の奥から熱いものを感じている自分に気付く。
「あなたは何も心配しないでいいの」
と和子に言われるたびに、疑問が起こる。
「心配しないでいい」と言われれば言われるほど気になるもので、しかもそのセリフが和子の中で果てた後の気だるくなった意識の中で、いつも聞かされていたような気がする。
天井を見上げると枕元にある小さな明かりが天井に反射し、薄っすらと天井の模様を浮かび上がらせる程度なのだが、そんな時に限って和子はすぐに照明をつけようとする。
目の前に白い閃光として飛び込んでくる明かりは、目を瞑ればチカチカするほどで、まさしく、
――限りなく白に近い黄色――
を感じる。まるで気絶から覚めた時と同じ感覚を味合わされた気がして、少し妙な気分にさせられる。
それも一度や二度のことではない。最近は頻繁なのが気にはなっていた。まるで私の興奮を煽っているような気がするからである。
――そんなことはない。気のせいだろう――
と心の中で打ち消してみるが、そう簡単に拭い去れるものでもない。
和子を見ていると無性に腹立たしく思うことがある。それがどこから来るのか分からないが、じっと見詰めていると脂汗が滲んできて、気がつけば頬が紅潮している。
以前に片想いだが、人を好きになった時のことを思い出した。最初はあまり意識していたわけではないのだが、相手の方からしょっちゅう私に話し掛けてくるので、嫌な気はしなかった。女性の方から話しかけてきて嫌な気がする人を私は見たことがない。ニヤニヤした表情が露骨に表れる人を見ていると、私もそうなのかと考えただけで赤面してくる。
何度かお茶に誘われたこともあった。別にクールを装っていたわけではないが、あまり嬉しそうな顔をすることなく、断ることもあった。心の中に別の人がいたからかも知れない。
――和子だったかも知れない――
と思ったのは、それからしばらくしてからのことだった。
しかし、心の中ではまんざらでもなかった。特に誇大妄想に取り憑かれているのではないかと思えるほどの私は、無意識ながら勝手な想像を膨らませていたに違いない。それが心の余裕となると思っている私に、もはやそれを止める術を知らなかった。
いじけているわけではないが、こちらから連絡をまったく取らない時期があった。彼女の反応を楽しみたいという気持ちと真意がどこまでかを確かめたいという気持ちが、半々だったような気がする。
連絡は彼女の方から毎日のようにあった。
――彼女から連絡があって当然――
とまで思っていたのも事実で、一日でもなかったら、などと考えたこともなかった。
しかし、彼女からの連絡がある日途絶えた。二日目ともなれば心配が焦りに変ってくるのを感じていたが、変なプライドが働いてか、自分の方から連絡することを頑なに拒んでいた。
――お前は男だろう――
もう一人の私が話し掛けてくる。
かと思えば、何でも強かに計算できず、相手の気持ちが変りつつあるのではと危惧している自分もいて、心の葛藤を繰り広げている。連絡しようと電話に手が掛かり、ダイヤルしようと寸前まで思うのだが、最後の一押しに躊躇すると、そこから先はもう一人の私が表に出てくる。
そんな時、何かを思い出しそうで思い出せないのだ。悔しさや情けなさで支配され始めた私に、イライラが押し寄せてくる。そんな気持ちがもう治まった今となって、そのことを思い出すのは、似たような思いに陥ることがあるからなのかも知れない。
その時の私は、結局彼女に連絡を取ったのだ。そして、
「別に何もないわよ」
とあっけらかんに話す言葉を鵜呑みにした。
――信じていいのだろうか?
と心の中で思いながら、
「信じているよ」
としか言えない私に彼女は無表情だ。今考えれば「何もない」という言葉に対し、「信じている」という言葉を返すこと自体、私中心の考え方なのかも知れない。
だが、後で聞いた話によると、彼女にはその時好きな男ができたようだ。裏切られたような気になるのも仕方のないことではないだろうか。
そこで「悲劇のヒーロー」誕生を感じるのである。
自分を蔑む反面、相手に対して言い知れぬ怒りを感じ、次第に自己嫌悪に陥ってくる。自分を蔑むことで、人に相談することもできず、一人で悶々としていた。
――人に相談できない――
そのことが私をトラウマへと導いているのではないだろうか。
「君は規則正しい生活をしているから、どこに行っても何とかなるよ」
そう言って苦笑する友達の生活は乱れきって見えた。
そんな友達の生活を見ているから余計に私は真面目になるのだろう。
――反面教師とはよく言ったものだ――
酒もタバコもやらず、もちろんギャンブルやオンナもしない。
「何が面白くて生きてるんだ?」
と言われることもある。特に決まった趣味があるわけではなく、毎日日課にしていることもない。人から見れば退屈な人生にしか見えないだろう。
「どこか楽しいところに連れて行ってやろうか?」
皆に時々言われる。
「お前にいろいろ楽しいところを見せてやりたいんだよ」
顔は真剣である。他の友人は私が、
「いいよ」
と苦笑しながら断るのを見ると、
「そうかい。じゃあ、もう余計なことは言わない」
とばかりに、それからそのことで声を掛けてくることはなくなった。しかし、直哉だけはそれからも、しばしば私に声を掛けてくるのだ。
最初は親切心からだと思っていた。直哉自身、私が知る限りではそれほど彼のいう「楽しいところ」に入り浸っているように見えるわけでもないのに、
――誰か連れが欲しいのかな?
と思いこそすれ、不思議に感じることはなかった。
かといって、最近の直哉は生活が少し乱れかかっている。イライラしているのが見えるようで、言葉を選んで話さないと、急に怒り出しそうな感じにさえなっている。
――情緒不安定なのかな?
よくよく考えると直哉も私に似た性格なのかも知れない。
ある一点に集中して考えるとまわりが見えなくなる。気になり始めると袋小路に入ってしまって、そこから抜けようと必死になってもがけばもがくほど、自分が苦しいだけだ。
しかしここから私と直哉が違うところで、彼はすぐに誘惑に負けてしまう。それがいいのか悪いのか分からないが、彼の場合は私に比べて立ち直りが早い気がする。
――功を奏しているのだろう――
作品名:短編集21(過去作品) 作家名:森本晃次