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短編集21(過去作品)

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 自分でも分かっていて、何度この性格を呪ったことだろう。考えすぎて頭痛を引き起こすのだから、尋常ではない。
 意識が朦朧としてくると、集中力が散漫になってくる。集中しているつもりでも他のことを考え始めている自分に気づいて、ハッとすることもある。それが私の悪いところでもあるのだ。
――現実逃避ではないか――
 と、まで思うことがある。考えれば考えるほど同じところをグルグル回っていて、出口が見つからないまま、本当にあるかどうか分からない出口を探して、行ったり来たりしている。
 人間不信に陥ることがあるとすれば、そんな時であろう。
 私は人間不信に陥ったことはなかったと思う。自己嫌悪も最近になって感じるようになったのだが、それこそ思ったより真剣に物事を考えていなかったのかも知れない。
「あなたは何も心配しなくてもいいの」
 和子にそう言われるたびに、言い知れぬ不安感に苛まれるのである。
 和子はとても優しい。私のことを何でも分かってくれていて、私が考えていることもすべて分かるみたいで、「上げ膳据え膳」のような殿様になったような気分を味合わせてくれる。
――露骨なのでは?
 と、たまに思うこともある。本人自身が分かるのだから、まわりの人たちに分からないはずがない。さぞかし心の底では私のことを妬んだり、一人では何もできないやつとして写っていることであろう。
 だが、そうでもないことに気がついた。まわりの人も私に気を遣ってくれている。小さい頃から知っている連中は昔のいじめを悔いて気を遣ってくれているのだと思うのだが、あまりにも私の知っている小さい頃の彼らとの態度の違いに、正直戸惑っている。
 時々起きる頭痛の時などまさしくそれで、痛み始めた態度をとれば、まるで腫れ物に触るかのごとく、見事な連係プレーで助けてくれる。時々気絶寸前までになる時があるが、そんな時でも気がついた時には、心配そうに見下ろしている友人数人の顔を見て取れるのだ。
 しばらく掛かって目を覚ますと、一様に安心している。
「ありがとう、心配掛けたね」
 そう言って声を掛けると、その場の張り詰めた緊張感がグッと和らぐのである。
 薄氷を踏むような緊張感は、空気を乾燥させるには十分らしく、それが張り詰めた状態を醸し出している。しかし安堵の溜息が漏れた瞬間、その場に温かい空気が戻ってくる。さらに無風である空気の中に、一尽の穏やかな風が舞い込んできたかと思うと、湿気を帯びた暖かい空気がよみがえってくるのだ。
「いやいや、よかった。安心したよ」
 張り詰めた空気を作ったのは私なのに、そんなことはすっかり忘れてしまったかのようになるが、
「もう、心配いらないね」
「はい」
 いつもの会話である。
 頭痛に襲われるのがどこであっても、いつも同じパターンである。頻繁に起こっている気がするにもかかわらず、私自身それほど心配していないのは、きっと同じシチュエーションによって頻繁に起こっている気がしないからかも知れない。
 最初はさすがに気持ち悪かったが、大切にしてくれるこの状況で、有頂天になるのは仕方のないことかも知れない。
――皆の優しい気持ちが暖かく感じる――
 暖かさが心地よさに変わり、それがまるで当たり前のように思えてくる。それでも身体に残った緊張感がどこから来るのか考えていたが、やはり小さい頃に虐められていたというトラウマが身体から抜けないのだろう。
 あれはいつのことだっただろうか?
 小学生低学年だった頃のような気がする。
 今私が住んでいるところはすでに住宅街として生まれ変わっていて、昔のイメージはほとんど残っていないが、その頃というとまだ昔からの家がいくらか残っていたのを覚えている。小高い丘になったところでは区画され整地されたところに、たくさんの砂の山ができ、ダンプやショベルカーが頻繁に行き来していた。しかもこのあたりは昔からの豪邸のあったあたりで、しかしそれも時代の流れからか、いくつかは廃墟となっていて、中には一メートル近くもあるような草が生え揃ったお化け屋敷みたいなところもあった。
 子供の私になぜそんなに廃墟が多いのか分かるはずもなく、その中でもまだそれほど荒廃していないところで遊んだりしていた。
「あんなところに近づくんじゃないわよ」
 親からはよく言われていた。学校からも近づいてはいけないという指導が出ていたようで、それこそ親たちの鼻息も荒かった。しかしいじめられっこだった私でも冒険心は一丁前にあるのか、近づくなと言われれば余計に近づきたくなるのだ。
 肝心な部分だけ覚えているだけで、後はほとんど忘れてしまった。思い出そうとすると記憶のパズルを組み立てなければならないが、状況からだけでもうまく繋がる記憶のような気がする。
 あれは蔵がある家だった。鍵は南京錠の重たいやつがあるのだが、壊れていて掛かりもしないのに、扉に引っかかっているだけだった。中には自由に入ることができる。
 夏の時期などジメジメしていたが、中は涼しく、気持ちのいい風が吹き抜けていた。私自身の「隠れ家」だったような気がする。
 何度行ったことだろう。かなり頻繁だったような気がするが、なぜか中の様子は覚えていない。記憶にあるのは、かなり高いところにある風を通す小さな窓から差し込んでくる明かりが印象的だったことだ。かなり高いところにあったのだろう。小さな隙間から広がった明かりは、かなり広い範囲を照らし出していたようだ。
 埃っぽいのは仕方がないことだろうが、それでもかなりな湿気があったのは事実で、それほど埃が舞っていることに違和感を感じなかった。気持ち悪くなかったと言えば嘘になるが、それより誰にも知られていない一人だけの「秘密基地」ができたようで、それだけでも嬉しかったのだ。
 だが、そこに急に行かなくなったのだ。それまでの気持ちのいいイメージが一変してしまった。トラウマとして残ってしまったのだろう。真っ暗な中に小さな隙間から入り込む光、これがとてつもない恐怖として残ってしまった。それまでは高所恐怖症であったが、それだけだった。しかし感じたことのない恐怖は、紛れもなく私を暗所恐怖症の閉所恐怖症に陥れたに違いない。そこにどんな過程があったかは覚えていないが、同じ状況に陥れば気絶しかねないだろうことは想像がついた。
 目覚めた時は、暗闇に差し込む明かりによって気がついたのだ。しかし恐怖はそこから始まった。そこからの記憶が途切れているのだ。気絶したのかも知れない。再度気付いた時は、安堵の表情を浮かべる大人たち数人が仰向けになっている私を見下ろしていた。その向こうには明るい太陽があり、皆の表情がシルエットとして浮かび上がっているかのようだった。
「大丈夫か?」
 そのうちの一人が声を掛けてくれる。大丈夫かも何も、状況が分かっていない私は、ただキョトンとしているだけだった。
「え、あ、はい」
 とりあえず答えただけだが、次の瞬間、張り詰めていたであろうまわりの緊張感が一気に途切れたのが分かった。まるで堰を切ったように漏れてくる安堵の溜息、一様に口から白い息が上がっている。寒暖を感じる余裕もなかったが、それだけであたりが寒いのだろう事は想像がついた。
作品名:短編集21(過去作品) 作家名:森本晃次