短編集21(過去作品)
「いつもすまんなあ。辛いだろ? でも、これも君のためだと思ってしていることだからね。許してくれ」
「いやいや、俺も自分のためを思ってくれる君がいてくれて心強いんだよ」
「そういってくれると嬉しいよ。その謙虚なところが君のいいところなんだよ。それだけは失わないでほしい」
「分かったよ」
「人間、必ずその人にだけしかないいいところってのがあるはずなんだよ。みんなそれを見つけようと躍起になっているんだろうけど、結局群集心理か、まわりのみんなと同じでないと不安になるのか、まわりの人と合わせようとする。それをすることで安心しきってしまって、自分の個性を引き出そうとする行為をあまり受け入れようとしないんだよね。自分の個性を表に出そうとする行為が、まるで罪悪のように扱われるのは、実に寂しいことだと思うよ」
「うんうん」
つくづく直哉のいうことがもっともに思えてくる。頷いている自分の行動は、自然に出てくるもので、知らず知らずのうちに目は直哉の瞳の奥を捉えて離さない。
「なぜなんだろう? 君の話を聞いていると不思議と素直な気持ちになれるよ」
「ありがとう。そういってくれると話し甲斐があるってものだよ。しかし、それも君の気持ちがピュアだからだろうね。混じりっ気のない気持ちはいくらでも新しいものを受け入れることができるんじゃないかな?」
「俺もそう思うよ。受け入れるかどうかは別にしてね」
「ああ、しっかり吟味しながらね」
そう言ってお互い笑っていたが、直哉の言葉にはいつも共感させられる。彼の次に出てくる言葉がどんなものかある程度まで分かるくらいで、特に私の昔からのことを知っているだけに、その言葉のすべてに重みを感じた。
「君なら信頼できるね」
と言った言葉も、直哉に対してなら素直に言える。
「ああ、信頼してくれよ」
そういう直哉の自信過剰なところも、私にとって頼もしい限りだ。
今まで何度か合コンに誘ってもらって行ったことがあったのだが、そのたびにうまくいかなかった。しかし、直哉がセッティングしてくれた初めての合コンの時には、すでに直哉と打ち解けていた。
今まで自分が三枚目に甘んじてきたことについて溜まっている欲求不満を他人に話したことはなかった。直哉だからこそ話ができたのであって、「それならば」と直哉はさっそく合コンを仕掛けてくれた。
よほど段取りがよかったのか、直哉の人徳の賜物か、話はあっという間に決まったようだ。話が出てから翌日の夕方にはすでに具体的な話まで煮詰まっていたからだ。そんなところも直哉に信頼を寄せる原因となっている。
それほどの大人数ではなく、グループ交際のような演出は、私にとって有難かった。あまり人が多いと、気を遣う相手が増えるだけで、個性を引き出す暇もないという考えだったに違いない。
最初から直哉の考え通りだったのかも知れない。その中でも一番気になったのが和子であり、お互いに気にしていたのは、さっさとまわりにカップルができてしまったからだろう。いや、元々カップルだったのかも知れないとも考える。しかし和子は私のことを覚えていたようだ。
「修司さんでしたっけ? 藤沢修司さんですよね?」
「直哉から聞いていたんですね。私の名前を」
「ええ、でもお忘れかしら? 小学校の頃、同じクラスでしたのよ」
そう言われても最初はピンと来なかった。特に小学生の頃というと、虐められていた記憶だけが鮮明で、人の顔などまともに見ていなかったので覚えているはずもない。人の顔を見る余裕もなければ、見たいとも思わなかったからだ。
「すみません、あまり人の顔を覚えるのは得意じゃないもので」
無意識に人の顔から目を逸らしていた私は、人の顔を覚えるのが苦手だった。元々苦手だったのかも知れないが、小学生の頃の行動が拍車をかけたのかも知れない。いつ頃からか、そんな卑屈な性格に気づき始め、治さなければならないと思っていたところでの和子との出会いだった。
「ハッキリ見て」
と目で訴えているのが分かる。そういえば私のことを苛めの対象として見ていた連中の好奇に満ちたキラギラと嫌らしい目や、それを傍観していた連中の冷めてはいるが、見ないようにしても感じるその視線に慣れている私は、そんな和子の視線に最初は気づかなかった。
気づいてからというもの、初めて自分と向き合うことができたような気がする。しかし気づいたことに自分が気づいたのはごく最近のことで、それまでどんなことを考えていたかなど、考えただけで遠い過去のものであるという結論にしか達しない。
直哉は私が和子を覚えていると思ったのだろうか?
合コンで私が和子と話していたのを遠くから見ていたのは知っていた。それほど鋭い視線ではなく、どちらかというと自分には慣れていない「暖かい目」だったのだ。和子から話し掛けられて戸惑っていた私が、反射的に直哉を探したことは言うまでもない。
「直哉さんとは仕事の関係でバッタリ出会ったんですよ。世間って狭いですわね」
そう言って微笑んでいた。
「最初に君の方から気づいたの?」
「いいえ、彼が気づいてくれたんです。私は小学校の頃からあまり変わっていませんからね」
戸惑ってばかりいて、あまり会話の弾まない和子の、精一杯の話題提供だったのかも知れない。
そこからどんな話をしたのだろう。記憶としてその時のことで残っているのはそれだけだった。
――肝心なところはあまり覚えていないな――
センセーショナルな出会いだったのは分かっている。それにしてもよほど緊張していたのだろう。それ以上のことはあまり記憶にはない。
それは和子とのこと以外でもそうだった。昔のことを思い出そうとすると頭が痛くなるようだ。眉間にしわを寄せ、きっと「難しい顔」をしていることだろう。
夢を見ることが最近多くなったような気がする。今まではそれほど夢を見たという記憶はなかったのだが、それも眠りが浅かったからかも知れない。
夢を見た時というのは、意外と目覚めがスッキリしていることが多い。忘れないようにしようという思いが強いのか、頭が働いている。しかも深くグッスリ眠ることができたことでも目覚めがいいのは裏付けられているのだ。
最近頭痛で悩まされることが多くなった。いろいろなことを考えているわけでもないのだが、「やばい」と思った瞬間にはもう手遅れになっていることが多い。
過去にも何度か頭痛はあったが、その度合いはかなり違う。以前は決してなかったことだが、最近の頭痛は寝ている時に起こることもある。その時に必ず夢を見ているようで、夢の中で不思議な痛みが襲ってくるのを感じるのだ。それこそ、「孫悟空の環っか」が絞めつけられるような感覚とでもいうべきか、物事に集中してしまうことが多いと感じ始めてからであろうか、頭痛の違いが分かってきたようだ。
私の頭痛の原因としては、一つのことに集中しすぎるのが大きいのかも知れない。一つのことが気になり出すと、それ以外のことが上の空になり、集中しているつもりでも、意識がどこか違うところへ行っていたりする。それが行き過ぎると、意識が朦朧としたり、まるで他人事のように見えたりするのである。
――こんな性格は嫌だな――
作品名:短編集21(過去作品) 作家名:森本晃次