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茨城政府

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『はい、沢村です。聞こえております。よろしくお願い致します』
透き通った柔らかいトーンの声に、篠崎はどこか記憶の奥底がくすぐられる感覚を覚えた。
「お忙しいところ、つくば市役所まで足をお運びいただき、ありがとございます。早速ですが、『時空変換装置』と、大学側がお考えの状況をご説明いただけますでしょうか」
『時空変換』という言葉に再び沸いたどよめきは、先ほどの比ではない。幸い、オンラインのため、マイクを切っていれば相手に動揺は伝わらない。相手を萎縮させては何も引き出せない。
『はい、かしこまりました。では、初めさせていただきます』
スライドが切り替り、汚染された海や大気汚染を如実に示す画像が並ぶ。
「静かに!まずは聞きましょう」
声を荒げた篠崎の滅多に見られない態度に、一同静まり返る。
『…先進国では、脱炭素の動きが広がり、化石燃料に頼らない技術革新により大気汚染を減らす取り組みが進む一方で、全世界的にみると、途上国の急激な近代化により、化石燃料の使用が増えています。また、海洋汚染、湖沼、河川の汚染も減っているとは言い難い状況です。環境破壊はと止まることはなく、そして、破壊された環境を取り戻すのは、非常に困難であると言えます』
数百年前…流れた文字に続いてスライドに光の筋が瞬くと、豊かな緑の景色と、底の砂を映して柔らかく光を反射する水面が一面を埋める。
『自然には、レジリエンス、つまり回復力がありますが、圧倒的な人間による汚染にそれが追いつけなくなったがゆえに、環境破壊は起きている。そう考えた時、はるか昔の汚れのない自然、回復力が豊富な時代の大気や水質の一部を現在の汚染されたものと交換する。そうすることで、現在の汚染は過去の自然の中で浄化され、現在には、過去の汚れない自然が取込まれる。こうして、現在の自然環境を回復させることを目的に、私たちは『時空変換装置』の開発に着手しました』
「それって」
立ち上がろうとする土木部長を、篠崎は広げた手と鋭い眼差しで制する。質問は後だ。
一瞬でどよめきは収まり、学術的なスライドが次々に飛ばされる。
『開発のために技術的なお話は割愛させていただきます。
私たちが開発した時空変換装置は、過去の大気、水質資源を現在と交換するのが目的であって、歴史が変わるようなことがあってはなりません。過去との交換の際に、過去には存在しないあらゆる物質、生物の混入を防がなければなりません。
そこでもう一つの重要な要素となったのが、『エリアブロック』という機能です。』
こちらの動揺とざわめきに気付いたかのように、説明の声が止まる。
『ここまでよろしいでしょうか?』
不安げな声音でモニターから流れる。無理もない、こんなことを説明された相手の反応を幾度となくこの助教授は目にしてきたのだろう。会ったこともないこの女性に同情の念を抱き始めていた。
篠崎は、立ち上がると
「静かに!」
一喝した篠崎は「どうぞ、続けてください」と優しくマイクに吹き込んだ。
『ありがとうございます。『エリアブロック』機能は、過去と物質の交換中に外部からの侵入と外部への進出を防ぐためのものです』
スライドが切り替わり、同じ大きさの半透明の球体が2つ並び、それぞれ『過去』、『現在』と注釈が記載されている。
『簡単に申しますと、交換対象のエリアを時波の膜で包み込みます。
時波とは、時の流れをコントロールするエネルギーです。
例えば過去については、時波で囲まれた外部から向かってきた物は、内部を通ることなく、反対側に抜けます。『抜ける』というよりは、『飛ばされる』と言った方が分かりやすいかもしれません。つまり南から近づいて来た物は、時波の膜にぶつかった瞬間、北側の膜の外に出現します』

 説明に合わせてスライド左半分の『過去』と書かれた球体がクローズアップされる。
 球体の外側、左からゆっくりと移動してきた長方形の物体が球体にぶつかると、その丁度反対側、球体の右側の外に物体の右端が出現し、物体の移動にともなって右に伸びていくように見える。そして物体の左端が完全に球体の左側面に吸い込まれるようになくなると、球体の右側の物体は元の長方形の形となり、何事もなかったかのように球体の外を右にゆっくりと移動を続ける。
 『過去』の球体が元の大きさに戻り、スライドの左半分に収まる。小さくなった『過去』の球体に同じく小さくなった長方形の物体が先ほどの動作を繰り返し続けている。
 次に右半分の『現在』の球体がクローズアップされる。
 球体の内側、中心にある長方形の物体が右方向に移動を始める。長方形が球体の内壁にぶつかると、その丁度反対側、球体の左側の内壁から物体の右端が出現し、物体の移動にともなって右に伸びていくように見える。そして物体の左端が完全に球体内壁に消えると、球体内壁左側から伸びていくように見えていた物体は元の長方形の形となり、何事もなかったかのように球体内を右へゆっくりと移動を続ける。

『簡単ではありますが、以上が時空変換装置の概要となります。ここまででご質問はありますでしょうか』
スライドでは、過去と現在の球体が左右に並び、長方形の物体が説明された動作を繰り返している。
 まるでSFの世界に取り込まれたように呆然とする者、昔のアニメや映画の話題を持ち出し、評論家さながらに憶測を披露しあう者で場が混沌とする。
「ありません、続きをお願いします」
機能不全に陥ってしまった面々を苦々しく見回した篠崎が、先を促す。
『はい。ありがとうございます。
この時空変換装置と今回の現象についてですが、本日、時空変換装置が扱われた形跡がありました。その・・・』
どよめきが充満し、沢村の声が?き消された。
「皆さん、お静かに!まずは聞きましょう。」
マイクのスイッチを入れた篠崎は、
「すみません、扱われたというところから、もう一度お願いします」
と静かに語りかける。
『詳細は調査中なのですが、防犯カメラの情報によると3名の留学生が無断で装置を扱ったことが判明しました。そして、彼らの行動を発見したこの研究の責任者の高砂教授が襲われ、意識不明の重体となっています。
現在彼らの行方を追っていますが、時空変換装置の設定が1945年4月1日にセットされていました…
高砂教授は意識を失う前に、エリアブロックを掛けました。彼らの目的が不明な中、歴史が不当に混じらないための防御の行動と考えられます。
恐らく何かが1945年と入れ替わっている可能性があります』
沢村の声は、無念に震えた。
「質問よろしいですか?」
一拍おいて、咳払いと共に発せられた言葉に、一同は静まり返る。
篠崎がゆっくりと声の主に頷くと、マイクのスイッチを入れた川崎が沢村の無念に同情するようにゆっくりと話し出す。
「防災・危機管理部長をしております川崎と申します。高砂教授の一日も早い回復をお祈り申し上げます。
さて、時空変換装置について仕組みはともかく、機能は分かったのですが、航空自衛隊の戦闘機が、1945年と思われる東京上空に行けた。ということは、エリアブロック機能が働いていない。ということでしょうか」
『ありがとうございます。
作品名:茨城政府 作家名:篠塚飛樹