茨城政府
エリアブロック機能の操作履歴を確認したところ、最大範囲を設定したことが分かっております。最大範囲として、茨城県全体をプリセットしておりますが、未だ実験もシミュレーションもしていない未知の大きさです。このため、エリアブロック機能が完全に動作していない可能性は否めません』
申し訳なさそうに消え入りそうにな語尾が対策会議エリアに響く。
「一件、よろしいでしょうか」
薄いベージュ色のシャツに小さな金色の星の肩章を付けた体格が良くて上背もある男が真っすぐに手を挙げる。陸上自衛隊施設学校のある勝田駐屯地の司令で施設学校長も務める菅谷陸将補だ。施設部隊は、世界の軍隊では工兵(エンジニア)と呼ばれる兵科で、戦闘部隊を支援するため、重機をはじめ様々な特殊器材を扱い障害の構成・処理、陣地の構築、渡河等の作業を行う部隊だ。施設という呼び名は護衛艦と同じように平和憲法に翻弄される自衛隊独特の呼び名である。
「陸上自衛隊で施設学校長をしております。菅谷と申します。エリアブロックを茨城県に掛けていた。ということは、県境一帯に何か変化があるという認識でよろしいでしょうか、どうぞ」
思わず無線用語が出てしまったらしい。相手の顔が見えず、電話のように送話と受話を同時に出来ない無線通話では「どうぞ」と相手に言われるまで、自分は喋れないルールになってる。
『はい、透明の膜を形成します』
答えの続きが無いのを待ってから菅谷が続ける。
「そうですか、透明の膜ではないのですが、県境付近で白い壁が出現した。という報告が相次いでおりまして、栃木県境付近の古河駐屯地の部隊が調査したところ、高さ300mもある白い壁が県境に沿って出現しております。工業用ダイヤモンド相当のとても固い材質で、純度の高い炭素で組成されていると考えられます。これとエリアブロック機能との関連性はあるのでしょうか?」
「どうぞ」とは言わずに、村沢助教授の言葉を待つ
『白い壁…、透明の膜を作る過程で、一時的に、と言ってもほんの一瞬ですが、炭素由来の白い硬質な物質が発生します。先ほど申し上げました通り、茨城県全体をエリアブロックすることについては、未知数でしたので、エリアブロックの形成途中で機能が停止してしまったと思われます』
「途中で停止!?ということは、あの時代と我々はツーツーということですか。早くブロックしないと、いや、また戻せばいい。仮にタイムスリップしたとしたら、元の時代に戻してくれればいいんだ」
じれったそうに手を揉みながら通話を聞いていた土木部長が勝手にマイクを入れて割り込む。
静まり返った場には、反論するものはいない。「戻してくれればいい」そう、それだけでいいのだ。一刻も早く。
『その通りです。エリアブロックが完全でない今、あの時代と空が繋がっています。しかし、戻ることはできないんです。装置が破壊されてしまって、復旧の目途がたっていません。エリアブロックも、元の時代に戻ることも…できないんです』
学者然としていた口調は、不安に押しつぶされそうなか弱い声へと変わっていった。