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茨城政府

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 就任して間もなく1年、沢山の励ましに支えられながら何とかやって来る事が出来た。彼は感謝をエネルギーに変えてなおも進む。プロジェクトも第一次草案をまとめ始める時期になり、会合に顔を出す頻度も資料の量も増えてきた。
 今日は、午後から環境エネルギープロジェクトの会議が入っている。この分野は、原子力・火力・水力・風力そして普及が進む太陽光、あらゆるエネルギー分野を備える茨城県にとってこれは大きな強みである。エネルギー開発については石油代替エネルギー分野でオーランチオキトリウムやボトリオコッカスといった藻を用いた研究から、近年石油・天然ガスそしてメタンハイドレートの賦存ポテンシャルが高いと言われている茨城県沖の海底資源調査まで多岐にわたって着手中である。
−強いて言うなら環境問題の方だな。−
 ひじ掛けの着いた大袈裟な椅子にもたれる掛ることなく背筋を伸ばして座った篠崎は、分厚いシステム手帳の環境エネルギー分野を開く。そこには狭く、広く大小様々の雑な字が躍る。一言一句書き留めたいという彼の思いの現れと言われれば聞こえはいいが、几帳面に色分けされたインデックスとは対照的な中身だ。
「そういえば。」
−時空間−
 書き掛けで終わっている前回のメモで思い出した。「書かないでください。」と言われてペンを止めたからだった。
 あれは、前回の会合が終わった後だった。「ちょっとお時間よろしいですか?」と環境エネルギープロジェクトの議長をお願いしているつくば大学の高砂教授に呼び止められた。一息入れたかったこともあり、カフェコーナーで話を聞いた。このカフェコーナーは地元茨城発祥のSAZAコーヒーが経営しており、県庁移転当時、地元の大手電機メーカーでエンジニアをしていた篠崎は「税金の無駄遣いだ。公務員は昼間っから何やってんだ。」と大いに憤慨したが、今ではよく利用している。一般にも公開していることもあり、売店で扱っている県産品同様、茨城の文化を発信することも兼ねていると考えれば理にかなっていると言える。「所変われば人変わる。」の例えを忌み嫌う篠崎にしては、微妙な解釈だ。
「これは、知事にしか話さないことですが、」
 勿体ぶる訳でないのは、65歳という実年齢よりは70歳越えに見える皺の多い顔を苦悩に歪めたことで見てとれる。元来かすれ声なので、声を落とすだけで、ひそひそ声になる。
「今、時空転換装置という研究をしているんです。あっ、メモらないでください。」
 慌てて細長い指の手を左右に振る。「すみません。」と篠崎が得意の手帳を閉じた事を見届けてから高砂教授は続けた。
「世界的に懸念される大気汚染や海洋汚染は、国内の環境問題を解決すれば済むということではない。例えば、中国のPM2.5問題。日本が国内でどれだけ環境問題に配慮していても、無秩序な中国から汚染物質が飛んでくる。海洋だってじきにそうなるリスクは大いにあります。」
ストローは使わずにアイスコーヒーをひと口飲んで喉を鳴らす。長身で痩せているために猫背が目立つ高砂教授はさらに背中を丸めて顔を近づけて声を潜める。
「だから、入れ換えるんです。」
「入れ換える?何とですか?」
 篠崎が即座に聞き返す。どこの何と入れ換えるんだ?
「勿論、大気や海水そのものを、です。」
「それは巨大フィルターとかで濾過したものと入れ換えるということですか?」
−どうせ在来技術を巨大化しただけだろう。そんな事だから駄目なんだ。−と半ば呆れ顔になりそうなのを抑えながら篠崎が続きを誘導する。
「いやいや、それじゃあ研究になりませんよ。」
 明らかに分かりやすい作り笑いを浮かべる高砂教授の瞳は笑っていない。−研究を舐めるな。−と言われたようで、篠崎は姿勢を正し聞き直す。
「では、入れ換えというのは。」
 周囲を確認するように一瞥した高砂の態度に、勿体ぶったような間を篠崎は感じたが、堪えた。実際県政意外に本気で各種プロジェクト活動を行っている篠崎は多忙だ。コーヒーを口に運んで間をしのぐ。
「入れ換えるんです。過去の大気や、水と。」
「過去?それって」
 思わず口にしたコーヒーを含み過ぎた篠崎は、鼻の奥にひんやりとしたコーヒーの感覚を抑えつつ聞き返した。
「大雑把に言えばタイムマシーンです。」
 表情は得意気でありながら何かに怯えたように曇った声で言う。
「なんと。でも、過去の環境汚染はどうなるんです。」
「自己再生機能を損なわない程度で行います。今言えるのはこの程度ですが。」
−今言えるのはこの程度−の言葉の裏に、これ以上は言えない。という怯えを感じた篠崎は、追及をやめた。確かに、目的はともかく、こんな研究が、世の中に知れたら、いや、諜報機関に知られたら、どんな悪用をされるか計り知れない。個人的には、将来のギャンブルに役立てる程度だろうが、国家規模で考えたら、世界が、歴史が変わってしまう。
 本当は、自分の研究を胸を張って世の中に発信したい。これは、携わる者にとって大きなモチベーションのひとつだろう。しかも分野は環境に関することだ。人類にとって誇るべき分野だ。しかし、悪用される恐れがある両刃の剣。
 技術者出身の篠崎は、その気持ちが少しだけ分かるような気がした。良かれと思った努力の成果が悪用されることで、最悪の影響を及ぼす恐れもある。
 原子力が最たる例かもしれない。いや、県政の課題のひとつのモータリゼーションだってそうだ。良かれと思うものには、反動がある。
−両刃の剣−篠崎は、返す言葉に迷った。

作品名:茨城政府 作家名:篠塚飛樹