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茨城政府

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11.遮断


「やっぱりあれは零戦だったんだ」
 喧噪の中で呟いた篠崎の言葉に気付くものは誰もいない。
 ここにいる面々は、百里基地 石山司令の状況説明が終わると、皆立場を忘れて、思い思いの見解を披露し合っている。どんな状況であれ、ここにいる者たちが決めなければならない。いや、決定するのは知事である自分だが、ブレインとなるべきメンバーがこの状態では、何も進まない。
 篠崎の心に焦りとも苛立ちともとれる不安がこみ上げ、動悸が激しくなるのが分かる。あり得ない。しかし、原因が分からないなら、あり得ないとは言い切れない。もしこの状況がタイムスリップだとしたら、しかもあの時代に迷い込んだのだとしたら、大変なことになる。茨城が、焦土と化してしまうかもしれない。篠崎の脳裏に焼け野原となった東京の景色がモノクロで浮かぶ。
 1分1秒でも無駄にはできない。
「石山司令!」
 あえて声を張り上げた知事に一同が振り返る。
「現在、電話、放送、電力、鉄道など、県外とのインフラが途絶えており、原因も不明です。先ほどのご報告にあった白い壁も、県境付近で確認されています。自衛隊では、県外との連絡はとれていますか?」
 困ったようにゆっくりと立ち上がった石山は、それでも背筋をピンと伸ばした。
「とれておりません。あの白い光以来、全国のレーダーサイトとのデータリンクもダウンしております」
「偵察機を飛ばしていただけませんか」
石山司令が座るよりも先に、素早く立ち上がった知事が間髪入れずに言葉を発した。
「原因も状況も分からない今、災害派遣を依頼することはできませんが、飛ばしていただけませんか、東京へ」
 もしも東京があの時代だったら、そして本当にこの茨城が孤立しているとしたら…居ても立ってもいられない焦りが、知事の重責が篠崎を締め付けた。
「分かりました。すぐに指示します」
失礼します。と携帯電話を手に席を立った石山司令に篠崎は深々と頭を下げた。
 対策本部の重い扉を開けてホールに出た石山は、深く息を吸う。やっと状況が伝わり、そして我々に知事からの要請が出た。きっと、想像していた通りの状況だろう。いや、もっと酷いかもしれない。なにせ、誰も経験したことのない時代なのだから。
「副長、休日なのに呼び出してすまん。F−2を出してくれ、東京を偵察する。繰り上げたスクランブル待機組でいい。すぐに飛ばしてくれ。ん?大丈夫だ…責任は俺がとる。国会議事堂周辺の写真撮影と東京タワー、スカイツリーの所在確認だ。そうだ…いいんだ。あるかないか。を確認するんだ。とにかくすぐに出せ」
 ワンコールで電話に出た副長に指示を終えた石山の目にエレベーターホールから喫煙所に向かう男が目に入った。



「まだ映らないんですか?」
新車の臭いが鼻につくランドクルーザーの助手席で、林秋子は、憂鬱そうな声をあげた。殆どのアナウンサーは、人目を避けるように後部座席に収まるが、秋子は、車酔いしずらい助手席に座ることにしている。だが、吐き気をもよおすこの臭いからは、逃げられない。
「うーん。映りませんね。っていうか、ウチだけじゃなくて、民放も映りません」
先細りなカメラ担当の言葉は、秋子には言い訳にしか聞こえない。
他も映らないからとか、そういう問題じゃない。地方局で、しかもローカルニュース枠しかない水戸支局、その花形女子アナの自分のリポートが全国ネットで放映される。それをリアルタイムで見られないなんて、歴史に残る大事故として、何度も放映されるかもしれないけど、今見たい。テレビが駄目なら声だけでも聞きたい。
「あ、そうだ。ラジオはどうですか?」
車酔いも忘れ、秋子が弾むような声を上げた。
テレビ放送のために改造された中継車は、ゴテゴテと様々な機器が無造作に配線で繋がれ、機会に疎い秋子の目には、なんとも故障しそうで心もとない、それに比べラジオは、この車に標準装備の頼もしい存在だ。なんといってもこの車はランクル200。トヨタ最新の四駆なのだから。
地元コーヒー店や、ホームメーカーのコマーシャルが流れてきたが、NHKはコマーシャルは流さない。これは地元の茨城放送だろう。カメラ担当が後席から身を乗り出してチャンネル操作を続けているが、不鮮明な放送でスキャンが止まり、スキップするとまた不鮮明な放送で止まり、何度か繰り返すと茨城放送に戻ることの繰り返し、だった。
「ん?なんだこりゃ?茨城放送は、水戸も土浦も鮮明に入るんですが」
AMの茨城放送が、県内全域をカバーするため、水戸と土浦に送信設備を持ち、それぞれ周波数が違うのは、ラジオを聴きながら受験勉強をしていた秋子も知っている。それだけじゃない。AMにはNHKの他に文化放送や日本放送、沢山の放送局があったはずだ。
他の局はどうしたんだろう?秋子が素朴な疑問を口にしようとした矢先に、ひと際大きな音でスキャンが止まった。雑音交じりの勇ましい行進曲、どこかで聞いたことがあるような。
「軍艦マーチだ」
誰となく呟く、そうだ、模型好きの父がこの曲を聴きながら船のプラモデルを作っていた。有毒な接着剤の臭いを充満させないように部屋の窓を全開にしていた父。母から「そんな曲みっともないからやめてよ」とよく怒られていたあの曲。なんで母は怒っていたのだろうか。
『大本営発表、…営発表、』
「えっ!?」
異口同音に戸惑いを吹き出す。
『沖縄本島に上陸…敵軍に対し、我が…、…、…』
再び雑音が混じると、ラジオは何事もなかったかのようにスキャンを再開した。
「沖縄に上陸って、中国が尖閣飛び越して来たのか?」
「えっ?そもそもダイホンエイって?」
秋子の疑問に、「ああ、そこか」と誰となく相槌を打つと
「そうだ、今、大本営って言ったよな?それに軍艦マーチなんて、今時流さんだろ、あれだよあれ、8月だから、どっかの局で終戦記念の特番やってんだよ」
最年長のディレクターが、納得したように頷いた。
 みんなが納得の声を出し、運転している音声担当が、大本営について、秋子に説明をしている声がし、「誇大報告の隠語にもなったんだ」と、カメラ担当が物知り顔で口を挟む。

事務的な音色の着信音が鳴り、「ちょっと待って」と誰に言うでもなくディレクターが電話に出る。
「はい、今現場を出て50号走ってます。え?もう一回言ってもらっていいですか?そうそう、こっちも全然受信できないんですよ。関係あるか分からないスけど、ラジオなんて茨城放送と、あとどこか終戦特集の番組は受信できたんですけど、茨城放送以外はどこも感度が悪くて。あ、はい。とにかく帰ります」
電話をポケットにしまったディレクターは、首を傾げ、うーん。とうなると
「村上チーフからなんですけど、支局でも本局の放送が見れないし、民放も見れない。いや、それだけじゃなくて、本局と連絡がつかないそうです」
黙って秋子とのやり取りを聞いていたクルーも異口同音に驚きの声を上げた
「とにかく、支局に帰ります」
ハンドルを握っている音声担当が告げた。


作品名:茨城政府 作家名:篠塚飛樹