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茨城政府

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県外とのインフラは断たれ、自衛隊でさえ連絡が取れないという。知事として県外、とりわけ東京への偵察を自衛隊に依頼した篠崎は、議論の中断を見計らって配られたコーヒーに口をつけた。ホッと一息つけたことを実感する間もなく、胸ポケットの携帯電話が着信で振動する。「井川則夫」そこには、地元で自動車整備業を営む旧友の名前が表示されていた。
「おっ?ノリちゃんしばらく、元気だったげ?」
昔と変わらぬ自分の喋り方に気付かぬ篠崎。珍しく砕けた知事の口調に、周囲が興味津々に目を向ける。
『元気だっぺよ〜、ザキさんはどうよ〜。いやいや、休みのとこ悪ぃんだけど、GPSの事って、県庁のどこに聞けばいいんだっぺ?シンクが使えねーがら、電話しちまったよ。ワッハッハ』
シンクは1:1だけでなくグループチャットもできる便利なコミュニケーションツール『Synchro』のことで、地元の友達とのたわいない話題で盛り上がったり、ちょっとした用事に使っていた。それが使えない。って、サーバーの障害か?ちょうど電話に出られたからよかったが、こんな時にGPSって、まあ他でもない井川の頼みだ。
「GPS?調べっけど、何だっぺ?何があったのげ?」
『それがサ、お客さんから、ナビが調子悪りぃって電話がひっきりなしだよ。衛星がキャッチできないとか、アンテナが接続されてません。とかサ。車持っできた人のを見たけど、アンテナはちゃんと繋がってるし、そもそも、ウチの車も全部駄目なんだわ、そしたら、GPS衛星しかねぇべって思ってさ』
「なるほどね〜、そりゃ大忙しだっぺな。何か分がったら電話すっから」
 手短に電話を終えた篠崎の頭の中に「衛星がキャッチできない」と言った井川の言葉が何度も響く
「衛星がない。って」
 今や、ほとんどの車が装備しているナビ;カーナビゲーションシステムは、GPS衛星(GPS;Global Positioning System)とも呼ばれるNAVSTAR衛星(Navigations Satellites with Time And Ranging)からの電波で位置を把握しており、4個以上の衛星から電波をキャッチすることで、位置情報の精度をあげることができるといわれている。便利なGPSシステムだが、NAVSTAR衛星はアメリカの軍事衛星であるため、アメリカのさじ加減次第という危うさがあるのも事実であり、過去には、精度を落として提供されていたこともあった。そのナビが使えない。
人工衛星の電波をキャッチ出来ないんじゃなくて、人工衛星そのものが存在しないとしたら…
「そういえば」
篠崎は自分の車にもナビが付いていたことを思いつくと同時に落胆した。友部から戻る車中では、ラジオが気になって、ナビの画面をラジオにしていた。そして、思いついたようにスマートフォンを取り出して地図アプリを開いた。周辺の地図が画面を満たし、ホッとひと息ついた。よかった、地図は使える。もしかしたら、指を画面に滑らせ、東京都まで移動し、画面を拡大する。が、張り巡らされている筈の道路が表示されない。まさか、鼓動が早まるのを感じながら、祈るようにコンパス状のアイコン−現在地−をタップした。地図の中央が茨城県庁に戻ることを祈りながら。
−位置情報が入手できません−
画面表示に指先が震えた。



「なんで、携帯ショップが混んでるんですかね?」
支局まで、あと15分ほど、二車線の国道の左車線を埋める車列の先を見た秋子が運転している音声担当に声を掛けた。
「あれじゃない?セールとかイベントとか?お盆だし」
あ、なるほど、と返しながら、秋子はスマートフォンを取り出してSNSでイベントを探す。
「あれ?Zが開かないんですけどぉ〜。『サーバーエラー』ってなに?」
黒いデザインが特徴的なSNSの『Z』。そのアプリが開かない
「あ、俺もだ」
後席からディレクターが身を乗り出して秋子にスマートフォンの画面を見せる。
「何だこりゃ?俺のもだめだ。っていうか、エアコン止めてくれないか。寒くてかなわん」
カメラ担当の野太い声が後ろから響いてきた。
はいはい、と答えた音声担当が左手でエアコンをオフにして、窓を一斉に開けた。
「確かに窓開けるぐらいが丁度いいな。そういえば、事故現場もそれほど暑くなかったなぁ〜。午前中はめっちゃ蒸し暑かったのに」
ディレクターもうなずくと、「もしかして雷でも来るのかな〜。こんなに天気いいのに」と、のんきに独り言ちた。



氷が小さくなったコーヒーを飲み干した石山は、バイブレータが鳴ったままのスマートフォンを持って廊下に出た。
「石山だ。ああご苦労…やっぱりそうか…。写真はメールで私の携帯に送ってくれ。えっ?メールが使えない?うわっ、そういうことか…じゃあ、ファックスで送ってくれ。番号は分かるな。よろしく頼む」
サイバー攻撃に対するセキュリティー効率化のため、各機関のメールサーバーが市ヶ谷に集約されていたのだった。
−いよいよ状況が見えてきた…これは大変なことになるぞ−
写真を見れば、誰の目にも一目瞭然だ。もはや議論する必要もない。嵐の前の静けさとばかりにファックスが届くまでの束の間、喫煙室に入った石山は、煙草に火をつけると、深く吸い込んだ。

作品名:茨城政府 作家名:篠塚飛樹