茨城政府
知事に海野と呼ばれた土木部長は、きっとこの世代に多い自衛隊嫌いなのだろう。知事がいなかったら多分ここで会議は中断だろう。こんな話、まともに聞けるほうがおかしい。特にこの先の話は。
「ありがとうございます」
一礼して石山は先の話−まともに聞ける訳のない話−を始めた。
「零戦の、このゼロ戦のパイロットは、墨田と名乗っております。墨田 武志海軍准尉26歳」
先ほどまでとは質の違うどよめきが起こる。
「現在、事情聴取を行っております」
収拾がつかなくなることを恐れ、間髪を容れずに話を繋げると、場はすぐに静まり返った。やっと聞く姿勢が出来たらしい県庁職員の面々を見回した石山は、いちばん言いたくない事実を切り出した。
「墨田准尉の話によれば、彼は友部にある筑波海軍航空隊基から単機、つまり彼1機で迎撃に飛び立ち、米軍のPー51戦闘機4機と空中戦を行って、うち1機を撃墜。残り3機に追われている最中に、一瞬真っ白な何かに視界を遮られた直後、突然橋が現れたため、これを回避したところ、敵機は次々と橋に激突した。と証言していました」
「突然現れた橋というのは、もしかして、袴塚跨線橋のことでしょうか?」
さきほどまでとは打って変わった不安げな知事の声が質問する。袴塚跨線橋に激突後、大塚池に墜落した航空機は、部下の報告からP−51Dということが判明している。県の職員は墜落した航空機の機種までは分からないだろうが、自他共に認める飛行機マニアの知事がP−51Dに気付かないわけがない。現地からの写真を見て分かっているはずだ。
そうです知事、あなたの想像通りのことが起きてます。
言いかけた言葉を飲み込み淡々と事実を続ける。
「墨田准尉は、常磐線沿いに飛行し、内原の満蒙開拓訓練所を越えたあたりと言っておりましたので、袴塚跨線橋で間違いないと考えております」
ざわめきが起こったが、構わず続けた。
「その後、彼はこの県庁庁舎をはじめ、一変した景色に困惑しながらも、基地に戻ろうとしましたが、基地があったはずの場所は街が広がり、司令部庁舎と号令台だけが残っていたそうです。それで仕方なく百里に着陸したというわけです」
ここまで話すと、石山は言葉を止め、様子を伺う。静まり返った場の空気が、石山に先を促すが、
「以上です」
ここから先、この現実をどう受け止め、対処するかは政治の判断だ。と自分に蓋をするように石山は締めくくった。