狭間世界
「なるほど、それなら俺も怖くて仕方がないだろうな」
と答えた。
そして、そんな比喩ができる瀬戸の話を聞いていると、
――案外、自分に似たところがあるのかも知れないな――
と感じたのだった。
二人は自分たちが対等だと思っていた。
実際に、二人だけの時はどちらが主導権を握るということもなく、何をするにもどちらかの提案をお互いに話し合って、納得がいかなければ進めなかった。しかし、一人の男が二人の間に割って入るように、
「俺も、グループに入れてくれ」
と、正面切って正々堂々とやってきた。
これが正規のルートなのだろうが、彼をいきなり許してしまうと、それまで二人が秘密にしていた彼らの立場がなくなってしまう。
「どうする?」
二人きりになって祐樹は、瀬戸に話しかけた。
「俺は、正規のルートで入ってこようというやつを無碍に断わるようなことはしたくない。だから、彼が三番目のメンバーだと思うよ」
と言った。
それが当然のことであり、相手に黙っていてほしいなどという言い分は、彼らのわがままであることも承知していた。
しかし、だからと言って、彼らの意思を無にするわけにもいかない。その時初めて祐樹は瀬戸の考えに否定的な態度を取った。
「どうしてなんだ?」
瀬戸は不思議で仕方がないと言った態度だったが、考えてみれば瀬戸の立場だったら、それも当然のことだ。
――瀬戸の立場?
そこまで考えると、瀬戸の意見は正当であるがゆえに、彼の言葉が聖人君子の言葉のように聞こえた。それまで感じていた彼に対してのカリスマ性が急に冷めてきた気がしたのだ。
――おかしいな。カリスマ性を認めているんだから、彼の言っている正当性を認めるのが当然なのに――
と、自分の考えがどこに向かっているのか分からなくなっていた。
それが彼に対しての嫉妬だということにその時は気付かなかった。瀬戸を見るたびに、自分が捻くれていくのを感じた。本当にどうしてしまったんだろう?
それでも、彼の正当性を揺るがすことはできなかった。
「そうだな。瀬戸君のいうとおりだ」
と、認めざる終えなくなり、後から来た彼が三番目のメンバーになっていた。
祐樹は、自分に最初にメンバーに入りたいと言い寄ってきたやつに対して申し訳ない気持ちで一杯になるんだろうと思っていた。しかし、実際には違った。
――あいつがあんなことを言ってこなければ、俺がこんな中途半端な気持ちになることはなかったんだ――
と感じた。
瀬戸が、彼に対して言い寄ってきた相手に対してどのように感じたのか分からなかったが、瀬戸がその場を丸く収めて、祐樹に言い寄ってきたやつも、瀬戸に言い寄ってきたやつも、いつの間にか、グループに入っていたのだ。
それから何もなかったかのように平穏なグループが形成された。本当なら、
――これでよかったんだ――
と思えばいいのに、祐樹はそんな気分にはとてもなれなかった。
自分が完全に置き去りにされたかのような気分になると、またしても、グループ内のメンバーに対して萎縮と、他人事のように一定の距離を保つようになっていた。
――瀬戸のことだから、分かっているだろうに――
と思ったが、瀬とは別にそのことを危惧しているわけでもなく、気がついていない素振りしかしなかった。
――後から入ってきた連中も、最初からメンバーだった俺も一緒くたではないか――
と、祐樹は思えてならなかった。
別に特別扱いをしてほしいというわけではない。ただ、二人が作ったグループだという自負だけはお互いに持っていたかったのだ。祐樹はその気持ちを忘れたわけではないのに、瀬戸の態度を見ていると、メンバーが増えた時点で、一度グループがリセットされたかのような雰囲気になってしまったことは、祐樹にとって許されざるものであった。
しかも、瀬戸は皆に対して平等だった。
瀬戸に対して、自分を頼ってくれた相手も、自分に知られず、祐樹を頼ってきた相手に対しても同じような態度だった。祐樹にはそれが信じられなかった。瀬戸に感情というものがあるのかと感じたのもその時で、彼に対して感じたカリスマ性というもののメッキが剥げかけているのを感じたのだ。
――誰に対してもいい顔ができるやつというのは、信じられない――
と、前から思っていたのを思い出した。
まさしくその時の瀬戸がそうではないか。一定の距離を保つことで、瀬戸が祐樹にどんな感情を持つのか興味があった。祐樹はグループ内の誰に対しても一定の距離を保っていた。
それは、瀬戸が誰も差別しないという態度に似ていたが、祐樹の中では、
――断じて同じではない――
と言い切りたい気持ちでいっぱいだった。
祐樹は、グループの中でどうでもいいようなことが気になってしまうこともあれば、気にしなければいけないようなことを他人事のように冷めた目で見ていることもあった。
――天邪鬼という言葉が自分に似合っているのではないか――
と、感じるのだった。
元々、二人で結成したものに対し、祐樹は格別な思いがあったのに、瀬戸にはそんなことは関係ないとでも言わんとする態度に、祐樹は瀬戸の性格が分からなくなっていった。
最初から分かっていたわけではないが、せっかくゆっくりでもいいので、分かりかけてきたというのに、たった一つの疑念が、すべてを台無しにしたように思えて悔しかった。それも瀬戸が望んだものであるのなら納得がいくのかも知れないが、瀬戸が望んだことだとは思えないところが、祐樹を疑心暗鬼にしてしまった。瀬戸には悪びれた態度がまったく見られないからだった。
祐樹に対して、グループに入りたいと感じたやつの気持ちが分かる気がした。
「瀬戸には言わないでくれ」
と言ったのは、瀬戸の性格が分かりかねていたからではなく、瀬戸という人間が、いわゆる「人たらし」であり、言いように言いくるめられることを恐れたからなのかも知れない。
後になって、その人から、
「あの時、若槻君はきっと瀬戸君に何も言わないということはないと思っていたんだ。瀬戸君は、自分を相手に曝け出す手法で、相手を自分の懐に入り込ませて、丸め込むことを得意としているんじゃないかな?」
と言われた。
「なるほど、その通りだね。あの時は君との約束を破ってしまったことを、本当は後悔していなかったんだ。自分の中で後ろめたさはあったんだけど、後悔はしていないという矛盾した考えを持っていたくせに、その思いをもどかしいとは思わなかった。それよりも、その後に正攻法で入ってきたやつに対して、正当に彼を三番目だとして扱った瀬戸に対して憤りを感じたんだ。実に不思議なんだ」
「若槻君は、瀬戸君相手にしか、まともに相手を見ようとしていなかったのかも知れないね。君には人を他人事のように見ることが多いように思うんだけど、瀬戸君を他人事のように見ているつもりでも、本当は他人事として見ることができない自分に、君は気付いているのかな?」
それを言われて、ハッとした。
「どうなんだろう? 俺は瀬戸に対してこそ、他人事のように見ていると思っていたんだけど、まわりから見るとそうでもないのかな?」
というと、彼は苦笑いをして、