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狭間世界

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 ここまでは話したような気がする。
 すると、天神が面白いことを言った。
「左右対称ではあるんだけど、上下対象ではないんだよね」
「えっ?」
 祐樹にとっては意外な言葉だったが、
「だって、左右対称なら、上下も対称であってもおかしくはないだろう?」
 言われてみれば確かにそうだった。
――どうして気付かなかったんだろう?
 祐樹はそう感じたが、
「でも、自分が横になってみれば、上下対称になるんじゃないか?」
 と答えた。
 どうしてその答えが導き出されたのか自分でもビックリしたが、天神は、
「なるほど」
 と感心していた。
 天神は続けた。
「確かにそうだよね。だということは、鏡に映し出されるものというのは、鏡が主役ではなく、映し出される被写体が主役ということになるんだね。そうおもうと、夢の世界というのも、主役は夢の中にある見えない鏡ではなく、被写体になっている、夢を見ている本人だということになるんだろうね」
「君の言うとおりだね。この発想も、僕が最初に話し始めて、その疑問をぶつけてくれることで、天神君が結論に導いたんじゃないかって思うんだ。このことについても、立場が逆だったら、まったく違った発想をしてしまい、別の結論を導き出しているかも知れないね。どちらが真実なのか、どちらも真実ではないのか分からないけど、僕は今導き出された結論を、一番信憑性の高いものだとして、真実だという意識を持っているんだよ」
 その時の祐樹は、自分の意見に酔っていたようだ。
――そんな心境になったことで、記憶から消えていたんだろうか?
 とも思えた。
 祐樹は自分の意識の中で、記憶に残っていること、そして、欠落してしまったと感じながら、記憶の奥に封印されていることがあるなど、いろいろ考えるようになっていた。
――夢は、記憶の中から消えていて、欠落していると思っていたけど、本当は自分の尊信を隠したいと思っていることや、自分の考えに酔っていることなどで、表に出すのを躊躇っているようなことがある時、見るものなのかも知れない――
 と感じた。
 それによって、
――目立ちたい――
 という自分の気持ちの表れが矛盾になってしまうことで、起きている時に、急に目立ちたいと考えるようになったのではないだろうか?
 祐樹は、自分が目立ちたいと思う時というのは、本当の自分を表に出したいと思っている時だということを再認識した。
 目立ちたいという思いは、その言葉を額面上で表現するのではなく、その裏にも同じような言葉で言い表せることがありながら、実際にはまったく違った思いが渦巻いていることを感じさせるに違いない。
 祐樹は、時々自分が夢を見ているのか、現実世界にいるのか分からないことがあった。そんな時に、
――これが狭間世界なんじゃないか?
 と感じることがあったが、どうもそうではないようだ。
 狭間世界というのは、あくまでも想像でしかない。想像が生んだ創造なのだ。それをい思うと自分が覚えているものはすべてが夢であり、対象となるものが、現実世界に必ず存在しているという思いがあった。
――狭間世界は必ず存在する――
 という発想はずっと残っていて、そこには現実世界との接点はなく、平行線を描いたように、
――別世界で、交わることのない線を描いている――
 と感じるのだった。
 祐樹は天神と狭間世界の話をしたのはその時が最初で最後だった。相手が誰であろうとも、狭間世界の話はこの一度きりだった。ただ、その間に想像が大きく膨らんだのは事実で、瀬戸と一緒にいる時や、天神と一緒にいる時であっても、頭にはいつも狭間世界の発想が渦巻いていた。
――じゃあ、他の人と一緒にいる時はどうだったのだろう?
 祐樹は、その思いをいつも頭に描いていたが、他の人といる時は、狭間世界のイメージが湧いてこない。発想はあってもイメージが湧いてこないと、頭に思い描くことはできない。そのことを知ったのも、狭間世界を意識するようになってからのことあdった。
 祐樹は中学、高校時代をあまり意識することなく過ごした。思春期を意識することがあったが、
――だから自分に何ができるというのだ――
 という冷めた思いがあったのも事実で、実際に女の子を意識しても、女の子の方が意識してくれないことで、意識するのをいつの間にか止めていた。
――結局俺には何もできないんだ――
 小学生の頃のような苛めはなくなり、まわりの人とも対等になったという意識はあるのだが、萎縮が残っているためか、どうしても一歩を踏み出すことができない。
 しかも、女性を意識していて、女性からも意識されたいくせに、自分が意識していることを女の子に悟られるのを恐れていた。萎縮の気持ちからだと割り切ってしまうと、それ以上、自分を前に押し出すことはできない。それだけ矛盾を抱えてしまっていることを意識してしまうと、無意識に萎縮してしまうのだった。
――意識しているようで、実際にはまったく意識せずに、ただ時間をやり過ごしただけなんだ――
 と考えると、時間をただ無駄に過ごしただけに過ぎないという思いが後悔を誘うが、実際にはそれほど時間を無駄に過ごしたとは思わない。
 何も考えていないつもりでも、意識していないだけで、絶えず何かを考えていたような気がするのは、きっと中学高校時代を後から思い出すと、あっという間に過ぎてしまったと思うからだろう。
 あっという間に過ぎてしまったという意識は、
――無駄に過ごしてしまった――
 という思いから来ているのではないだろうか?
 もしそうだとすれば、矛盾を抱えていながら、実は毎日を何事もなく過ごせたということへの喜びも含まれているのかも知れない。
 小学生の頃は、
――何事もなく、今日という日が終わってくれればそれでいい――
 と思っていた。
 苛めが始まって、最初の頃は、
――いつまで、こんなことが続くんだろう?
 という思いが強かったが、なかなか終わってくれないことが分かると今度は、
――いかに被害を最小限に防ごうか?
 と考えるようになる。
 そのうちに、相手から攻撃されるのは仕方ないとして、痛い思いをいかにすればしなくてすむか――
 ということを考えると、
――相手が、苛めるのを嫌になればいいんだ――
 と思うようになると、飽きるのを待つのが一番の得策だと思うようになった。
 それには、逆らってしまうと、相手に増長を与えてしまう。野球でも速い球を打ち返す方が反動がついて遠くまで弾き飛ばせるが、相手が弱い玉を放ってくれば、こちらが力を込めなければ遠くに飛ばすことはできない。
 それと同じ発想が苛めっ子と苛められっことの間には存在している。いわゆる正対するもの同士の力関係がものを言うのだ。
 要するに、毎日すること、しなければいけないことが決まっているのだ。
 そんな毎日というのは、その日はあっという間でも、長い目で見れば、遠い過去に思えてくる。
 しかし、中学高校時代には苛めはなく、その代わり、思春期が襲ってきた。苛めのようにパターンが分かっているものに対しての対策と、思春期のように、どう対応していいのか分からない状態での対策とでは、まったく感じているものが違っている。
作品名:狭間世界 作家名:森本晃次