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狭間世界

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――ひょっとすると、天神の本心が聞けるかも知れない――
 と感じた。
 祐樹は、
「それでは」
 と切り出したが、ここで少しの間があったのだが、この間を祐樹は結構長く感じられた。なぜならその瞬間、金縛りにあったかのように感じたからだった。
 金縛りにあってはいたが、意識はしっかりしていた。天神がどんなリアクションを示すか見ていたが、その間まったくの無表情で、時間が止まってしまったかのように感じたほどだった。
――本当に時間が止まっていたのかも知れない――
 止まったというよりも、凍り付いていたという方が正確ではないだろうか。凍り付いているのに、寒さで顔が歪むことはない。まったく無表情のまま、一瞬にして凍り付いてしまった印象だ。
 そういえば、映画やドラマなどで、人が凍り付いてしまうようなシチュエーションがあるが、その時凍り付くまでに一瞬で、表情を変える暇などなかったかのようであった。
 凍り付くというのが、人のセリフが極寒で、ジワジワ凍り付いていたのでは、そのイメージが伝わらないからであろう。それを思うと、凍り付くというのは、本当に凍り付くイメージの後ろに、一瞬にして固まってしまうような何かをイメージしていることを示しているようだ。
 今回話をする内容は、極寒に匹敵するような内容に似ている。会話が成立しなければ、場は凍り付いてしまうからである。
 祐樹はその意識はあったが、天神にあっただろうか?
 天神の裏に孤独を感じていることで、その思いはあると思っていた。
――天神ほど、孤独が似合う人はいない――
 と感じたのは、それだけ普段が天真爛漫でその分、何を考えているのか分からないからだ。
「天神君は、夢は見る方かい?」
「僕は見る方だと思っているよ。でも、そのほとんどは覚えていないんだけどね」
 という天神の言葉に、うんうんと頷いた祐樹は、
――俺が感じていることを少なくとも天神も感じているんだ――
 と思った。
 これは、天神が自分に近い人間だから感じていることなのか、それとも天神にかかわらず、
――夢というものは、誰も口にしないが、同じような感覚のものだということになるんだろうか?
 とも思えた。
「若槻君は、きっと夢のことを誰も口にすることがないので、何かタブーなものなんじゃないかって思っているんだろう?」
「うん、確かにそうだ」
「でも、そんなに深く考えることなんかないんだ。夢の話をしないのは、そんな難しい話をして、相手に引かれてしまっては嫌だという思いと、難しい話になると、相手を上から目線で見てしまうことが往々にしてあると思っているからではないかな? 要するに難しい話って面倒くさいんだよ」
 天神の口から聞くと、まさに嫌な気がした。面倒くさそうに話をしているわけではないのに、面倒くさいという言葉が出てきたことで、一気に気分を害してしまいそうに感じたのだ。
 だが、天神の本心はそこにあるわけでもないだろう。普段から天真爛漫で、人に気を遣っている様子を見ている祐樹には、天神の本心がどこにあるのか、想像もつかないと思えた。
「天神君は、正夢って信じるかい?」
「僕はあまり信じる方ではないかな?」
 もう少し考えてから返事をしてくれるのかと思ったが、案外アッサリと返事をしてくれたことにビックリした。
「どうしてなんだい?」
「夢というのが、元々信用できないからさ」
「えっ」
 その言葉は、祐樹にとっては意外なものだった。天神のような男にこそ、夢を信じているように思えたからだ。
 ただ、そこには何の根拠も信憑性もない。ただ、自分と比較すれば、自分よりも信じているのではないかと感じただけだった。
 祐樹も確かにあまり夢というものを信用していないが、それでも、正夢を信じるかと聞かれると、すぐに信じる方ではないという即答をするとは思えなかった。
「どうしてなんだい?」
 と必ず言われるからで、そこに対してのそれなりの返答を用意しておかなければいけないと思ったからだ。
 それなのに、天神は即答を返した。しかもその理由を一言で言ってのけたからだ。信用できないと言われてしまっては、いくら漠然とした返答であっても、彼なりの信憑性を持って答えているはずなので、そのことをぞんざいに扱うこともできず、会話の主導権を握られてしまいそうな気がしたのだ。
 驚いてしばらくきょとんとしていると、天神の方から話しかけてくれた。
「何をそんなに驚いているんだい? 君は夢と言うものをまともに信じているのかい?」
「信じていないといえばウソになるし、信じていると言っても、ウソになる」
 と答えると、天神はニコッと微笑んで、
「じゃあ、消去法でも中途半端なんだね?」
「そういうことになるかな?」
 というと、
「僕も同じなんだよ。でも、僕の場合は消去法ではないので、最初から曖昧で中途半端なものなんだ。だから、そんなものは信用するに値しないと思っただけさ」
 天神の言い分は至極当然のことだった。
――目からウロコが落ちた――
 とはまさにこのことである。
「でもね。君の言っていた正夢という発想は、もし夢というものが信じられるものだという意識を持つことができると、十分にありえることではないかって思うんだ。だから、さっきの君への即答は、夢を信じていないという前提に立ってのものなので、それでは会話にならないだろう? だから、夢というものを信じられるという前提に立って、考えてみようって思ったんだ」
 その言葉を聞いて、
――なんて素直な解釈なんだろう――
 素直というよりも柔軟な考えだとも言えるだろう。ただ、彼は自分の考えを曲げてまで祐樹の話しに付き合おうというのだろうか? もしそうであるとすれば、
――天神という男、奥が深い男なんだな――
 と感じた。
「そうしてくれると嬉しいな」
 素直な相手には、素直に気持ちだけを伝えた。
 祐樹の気持ちが分かったのだろうか、天神は笑顔を絶やさないでいた。
「僕は、夢を見た時を覚えていることが少ないんだけど、それは皆同じなのかな?」
 と天神が言い出した。
「うんうん、少なくとも俺は同じ意見だよ。目が覚めるにしたがって忘れていくって思っているんだけど、君も同じなのか?」
「そうだね。そのあたりは皆共通のようだね。
「僕は、皆の会話の話題に、夢の話が出てこないのは、見た夢を忘れているからではないかと思っているんだけど、そのあたりも共通意識なのかな?」
「うん、そうだよ。夢の話をしても、思い出しながらの話になって、思い出しながらだと、せっかく覚えていたところまでも話をするにしたがって、忘れてしまっていくような気がしているんだ」
 天神の話は、祐樹を会話に引き込んでいった。
 天神が次に何を言うかということが分かっているような気持ちになっている。
――俺ってそんなに相手の話を理解できる方だったのか?
 と感じたが、相手が天神であると思うと、逆に天神の話から、
――こちらが無意識のうちに、会話に誘導されているのではないか?
 と思えてきた。
 それは別に嫌ではない。むしろ誘導されることに心地よさを感じるほどだ。自分が相手の次にいう言葉を想像できると感じるほどなのだから、よほど天神という男は、
作品名:狭間世界 作家名:森本晃次