狭間世界
実際にグループを結成してそろそろ一年が経とうとしている今、天神が入ってきてからもそろそろ半年になろうとしている。グループ結成の一年くらいは自分の感覚に近いものがあったが、天神が入ってきて半年も経っているなど、
――もうそんなになるのか?
と感じさせるいほど、時間が経つのが早かった。
しかし、この半年の出来事を思い出してみると、半年というのは妥当な期間だったように思う。半年があっという間だったと感じるのは、天神が入ってから感じる半年だったのだ。
やはり、その間に話をほとんどしていないというのが一番の理由だろう。祐樹の方から話をしに行こうとすることはないし、天神の方から来ることもなかった。
実際に天神は天真爛漫で誰にでも笑顔を見せているので、結構親密になる人もいるのではないかと思ったが、実際には天神と腹を割って話をしたという人はいなかったようだ。
天神を見ていると、孤独という言葉とはかけ離れているように見えるが、実際には孤独を抱えている。天神ほど裏表がある人間もおらず、下手をすると、孤独が似合うのかも知れないとも感じた。
――孤独の似合う人間なんて、本当はそんなにいないのではないか――
瀬戸を見ていると、そう感じたことがあった。
そして、今度は天神を見ていると、
――本当の孤独とは、今まで感じていた孤独というイメージとは少し違っているのかも知れない――
と感じた。
孤独というのは、誰もが裏で持っているものなのかも知れない。表に出ている孤独は、本当の孤独ではなく、裏を見せたくないことで、演技をしているのではないだろうか?
もちろん、それは無意識のうちのことだろう。祐樹にしても、自分が孤独だと思っていたが、本当に表に出しているのかどうか、いつも疑問だった。苛められっこで委縮していた頃などは、孤独を表に出して、
「こんな面白くもないやつを苛めてもつまらない」
と言わせたかったのだ。
苛められっこが最初に考えるのは、
――苛められるのは仕方がないとして、どのようにすれば、最小限の苦痛で済ますことができるだろうか?
という思いである。
それにはまず相手を増長させないことである。下手に逆らって相手に面白がらせてしまっては、さらにエスカレートしてしまう。それよりもじっと我慢して、相手が、
――つまらない――
と感じさせることが一番だった。
そう思って攻撃を受けていると、意外と最小限の被害で済むものだ。抵抗しないことにまわりは干渉することもなく、苛めは日常の光景へとなっていくのだ。
苛められっこが抵抗しないのは、そういう思惑を持っているからだろう。苛められて抵抗するだけ無駄だということを知っているのだ。
それは苛めを受けることが宿命であり、逃れられないことを分かっているからで、
「どうして苛められっぱなしなんだ。いじめを受けるには理由があるはずだろう? それを究明して苛められないようにする努力をしないと」
と、まわりの人は無責任にも当たり前のことを当たり前にいうだけだ。
祐樹は正当理論を当然のように口にするやつが嫌いだった。どうして嫌いになったのか、しばらくは分からずに、
――嫌いなものは嫌いなのであって、聞いただけでも嘔吐を催すほどの嫌悪感を感じる――
と思っていた。
――でも、あの時、彼女が救急車で運ばれる時に言った言葉は、確かに当たり前のことを当たり前に言ったんだよな――
それを思い出した時、顔が真っ赤になるのを感じた。
――どうしてあんなことを口にしたのだろう?
今からでは想像もできないほど、まったく違和感なく言葉が出てきたのだ。確かに目立ちたがりだからだという意識があったのは覚えているが、それだけのことだったのだろうか?
今から考えると顔が真っ赤になった理由が分かる気がした。
――上から目線だったんだな――
冷静になって考えたからなんだろうか。今からなら分かる気がする。
しかし、
――本当にあの時、そのことを微塵も感じなかったんだろうか?
そんなことはなかったような気がした。
言葉は確かに無意識に出てきたものだったが、その言葉を一度は口にしてしまったが、自分で飲み込んでみて感じたのではなかったか。その時に感じたのは、
――出てしまった言葉はどうすることもできない――
ということであり、突っ走るしかなかった自分を、
――無意識だった――
として考えるしかなかったのだろう。
天神にいったいどう言って話をすればいいのか、最初のきっかけが重要だった。
しかし、それは取り越し苦労というものであって、危惧に対しての答えは、相手の方から持ってきてくれたのだ。
「やあ、若槻君。君とはあまり話をしたことがなかったけど、せっかく会ったんだから、何か話をしようじゃないか」
と言って笑った。
その日は、天神とどうやって話をしようかと思いながら、考え事をしながら歩いていた。ちょうど廊下の十字路あたりで、出会い頭に天神と出会った。
天神が気を付けて避けてくれたからよかったが、そのまま行けば正面衝突をしていた。二人とも歩いていただけなので、正面衝突したとしても大したことはなかったのだろうが、それでも出会い頭というのは、あまりいい傾向ではない。
「大丈夫ですか?」
どちらもビックリしたが、先に声をかけたのは、祐樹の方だった。ずっと意識していた天神が目の前に現れたことがビックリの一番の原因だったので、出会い頭に驚いている天神よりも先に声を掛けることができたのだ。
「ああ、大丈夫だよ。君こそ大丈夫かい?」
天神のその言葉に、どこか上から目線を感じたが、以前から、
――まわりの人は、皆俺よりも優れているんだ――
という妄想に憑りつかれていたこともあって、天神からの上から目線をそんなに億劫だとは思わなかった。
祐樹が天神の上から目線をスルーしたことで、天神も気が楽になったのだろう。一緒に話をしようという雰囲気になったのだ。
「ああ、そうだね。僕も天神君と話をしてみたいと思っていたんだ」
天神の誘いに快く答えた祐樹は、
――俺も上から目線になっても、問題ないんじゃないか?
と感じた。
ただ、上から目線になるということは、孤独を伴うような気がしたので、あまり今まで考えたことはなかったが、
――どうせ普段から孤独を裏に持っているのだから、今さら孤独を意識するというのもおかしなものだ――
と感じた。
「このことは、瀬戸には内緒にしておこうな」
と、最初に釘を刺すように言ったのは、天神だった。
それは自分も考えていたことなので、願ったり叶ったりで、異論はなかった。
「何の話からしようかな?」
天神は、暗に話を祐樹からするように促した気がした。
それは祐樹が何か話をしようという意識があったことを最初から分かっていたことで感じたことだろう。そう思うと、最初に話をしようと言い出したのも、彼から何か話があるわけではなく、祐樹に気を遣ったからなのかも知れない。
そう思うと、今まで感じていた天神に対するイメージを払拭して、新たなイメージを作り上げなければいけないと思った。今日がいい機会でもあるし、夢の話をすることで、