狭間世界
と、言いたい気持ちになっていた。
これも自分の中で感じた矛盾である。
祐樹は今回のこの夢では、何かを感じるたびに気付かされるのは、自分が矛盾を抱えているということだったのだ。
夢の中の瀬戸は、絶対に見たくないと思っている姿だった。
それがなぜなのか、最初は分からなかったが、すぐに分かるようになった。
――まるで自分を見ているようだ――
瀬戸の様子は、完全に相手に萎縮していて、
――次に一体何をされるんだろう?
という思いが強かった。
瀬戸が自分の夢の中で何を考えているか、次第に分かってきた。まず考えることとして、自分が取る行動が、どのように相手の反応として返ってくるかということである。
たとえば、苛められっこが、まわりからたくさんの苛めっ子に囲まれていて、まず最初に何を考えるかというのは、祐樹には分かっていた。
――どうすれば、被害を最小限に抑えることができて、この場から一刻も早く逃れることができるか――
ということしか考えていない。
そのためには、相手に逆らうことはせず、
――相手に攻撃をさせて、飽きるのを待つ――
という考え方、そして、同じ攻撃をさせることで、
――相手にやる気をなくさせる――
という考え方。
これは、苛めっ子の心理に立って考えたものであり、相手も何か自分に嫌なことがあったから、誰かを標的にして、自分の嫌な気持ちを晴らすための行動であると考えれば、無抵抗であれば、相手もそのうちにやる気をなくすであろうと思うのだ。
――抵抗するから、相手も面白がって攻撃してくる。攻撃されたから仕返ししているという気持ちが相手の自尊心になるんだ――
と考えた。
祐樹は小学生の頃、苛められっこだった。苛められっこを卒業してからは、苛めていた子たちとも和解して、仲良くなったりしたものだったが、その頃はまだ、ここまでの心境にはなれなかった。
――いつ、またしても苛めっ子に豹変するかも知れない――
という危惧があったからで、苛められっこというのは、相当精神的に懐疑心が強く、自分に対しても信用できないところが多々合ったりするものなのだ。
夢の中の瀬戸は、小学生の頃の自分に似ていた。見ているだけで、何かをずっと考えていることは分かった。見ていて自分が苛められっこの頃に感じたように、どうすれば相手の攻撃を最小限に食い止められるかということだけしか考えていないのが分かったのだった。
――こんなにも必死なんだ――
と思って見ていたが、苛めっ子の誰もが苛められている相手がそんなことを考えているなど分かっていない。もちろん、分かっていないからこそ、相手に増長させないのだ。
もし、相手にその気持ちが分かれば、面白がってもっともっと攻撃してくることだろう。本当に疲れ果てるまで苛めてくるに違いない。そうなれば、今の自分はなかったかも知れないと思うと、ゾッとするのであった。
これも、苛められていた頃に分かるはずもないことで、そのことが分かったのは、中学に入って、瀬戸のグループに入ってからのことだった。まわりと接している間は分かるはずもないが、一人になった時、ふと感じることがあった。
そんな時祐樹は、
――俺も少し大人になってきたのかな?
と感じるようになった。
少なくとも萎縮することはなくなり、まわりに対して自分の影響力もついてきて、それが決して悪いことではないということが分かるようになったからだ。グループ内の団結は、相手を信じることだと感じさせてくれたのは、瀬戸だったに違いない。
ただ、それまであまり夢を見たという記憶がなかった祐樹だったが、久しぶりに見た夢が、瀬戸の夢だった。
ただ、それも夢に時系列を意識できないから感じることができないだけで、本当はずっと夢を見続けていたのかも知れない。
もし、夢を見続けていたとすれば、それは連続した夢であり、
――前の日に見た夢の続きを今日の夜も見る――
そんなことはありえないと思っているから、それは夢ではないと感じる。
――では夢ではないとすれば何であろう?
夢と酷似したもので、眠っている間に見るものではあるが、
――現実から見れば夢に近いものであり、夢から見れば現実に近いものであるようなものだ――
と感じていた。
「まるでコウモリだな」
と、言われた気がした。
それは、この世界に入り込んだ時、自分が意識したことに対し、誰かに話をした。その人が誰だったのか、シルエットで分からなかったが、その答えが、「コウモリ」だったのだ。
コウモリというと、
――獣に会っては鳥だといい、鳥に会っては獣だという――
という性格のもので、それは自分の保身のためのものなのか、それとも、どちらでもないことへの悲哀から生まれたものなのか分からないが、この行動は本能がもたらすものだとしかいえないと祐樹は思っていた。
コウモリの話は、学校で生物の授業中に、生物の先生が話してくれた。もちろん、脱線した話だったのだが、妙に祐樹には印象に残った。
それも無理もないことだった。
小学生の頃に苛められていた彼にとって、コウモリの存在がどのようなものか、自分に置き換えて見てしまったからだ。
――俺は、なるべく被害を最小限に抑えようとしていたのは、自分の保身と同時に、どちらでもないというコウモリの悲哀に煮た裏の面を持っていたことになるんだな――
この感情は、プライドを捨てた人間であったことを示唆していた。
プライドがあれば、もう少し考え方が違っていたのだろうが、とにかく、苛めを受けている間は、そんなプライドなんかどうでもよかったのだ。
しかし、グループの一員になると、自分のプライドがメンバーの個性となって、自分が今まで味わったことのない自分の存在価値を感じることができると思っていた。
元々、苛められたことのない人にとっては、そんなプライドというのは、以前から無意識に持っていて、意識すること自体がおかしなことだと思っていることだろう。だから、まわりに気を遣うことをいとわないし、祐樹に対しても普通に接してくれているのだ。
――普通というのが、こんなにありがたいなんて――
グループに入ったことで思い知らされた。それが自分の成長であると思うことで、祐樹はそれが自分のプライドになってくるのを感じた。
そのように感じられるようになった頃だった。夢と現実の間に、もう一つ、夢か現実かが分からない世界が広がっていることに気がついたのは……。
夢と現実世界の一番の違いは、
――夢の中での主人公は自分だけど、現実世界では主人公は存在しない――
というものだった。
つまりは、
――夢というのは、自分が勝手に作り出した架空の世界であり、架空の世界だからこそ、自分という主人公が必要不可欠なんだ――
と感じたのだ。
では、夢と現実世界の狭間世界ではどうなのだろうか?
この世界には主人公はいるのだが、誰が主人公なのか分からない。
つまりは、主人公が一定していないので、ストーリーはいかようにも展開可能だということだった。