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短編集20(過去作品)

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 私は彼女の顔から視線を逸らし、正面を見た。先ほど砂浜から見ていた時に感じた高さとは若干の違いを感じる。それほど高くないように思えた場所でも、真下に打ち寄せる波を間近に見ると、さすがにその高さを痛感させられる。
――このまま飛び込むことは自殺行為だな――
 そこまで感じるのだった。
 私は彼女の横顔を見つめる。
 何となくあっさりしたように思えるのだ。
――あの時の真由子の方が、思いつめたような顔をしていたな――
 だが、真由子がそれからしばらくして普通に結婚したと聞かされた。真由子が何となく綺麗に見えたのは好きな人がいたからだと思うと、納得できるものがある。どんな形であれ、女性は人を好きになると綺麗になるものだ。
 それ以上に感じるのは、冬の海で見たかった水平線、空と海の境目に、真由子は自分の将来を探そうとしていたのではないかと思っている。人生のターニングポイントが見えた時、水平線を見ることで自分の気持ちを確認したい。真由子がそう感じたとしても、無理のないことだろう。
 それからの私は水平線をそんなイメージで考えるようになった。元々海が苦手な私、しかも海水浴シーズンは人が多くてそんな気持ちにはなれないことから、考えるとすれば、シーズンオフということになる。まさしく今の時期など打ってつけのはずなのだ。
 しかし普段から水平線のことをイメージしているわけではない。むしろまったく頭の中にない時の方が多い。ふとした時に思い出す、それも何の脈絡もない時である。だから今日もテレビを最初は漠然と見ていた。それがテレビの画像から訴える何かに、自分の気持ちが反応したのだ。訴えるものが何もなければ、きっとただ画像として写し出されているものを漠然と見ていたというだけで終わっていただろう。
――真由子も、目の前にいる女性も、私と同じなのだろうか――
 水平線に特別の思いを抱いている人は、きっと私だけではないだろう。真由子や、目の前の女性だけでもないかも知れない。皆が皆、私と同じように最初から意識していないかどうか、意識し始めた今となって、そう感じるのだった。
――ある時突然、目の前に水平線が浮かんでくる――
 自分が日頃抱いている気持ちと、頭に浮かぶ水平線がシンクロしてくるのを感じる。浮かんできた水平線が頭の中で次第に大きくなり、気持ちが袋小路に迷い込んでしまうこともしばしばある。しかもその原因が水平線にあることをあまり意識することがないのは不思議な気がする。
 水平線を意識しているにも関わらず、それが原因ではないと思っているのである。水平線を切り離して考えたいのだろうか。あまり深く意識しすぎることは身の危険に近づくことだという意識があるのだということを、今ここに立って初めて感じている。
 吸い寄せられそうになる感覚、見ているだけで違う世界が開け、知らず知らずに入り込んでしまう感覚、入り込んでしまってもきっと気付かないだろう。
 今目の前に広がっている壮大な海と空、その境目を必死に探している。見つかりそうで見つからない曖昧な気持ちを晴らそうと、さらに見つめる。別に天気が悪いわけではないのに、なぜか水平線が見つからないのだ。これが今にも雨が降りそうな天気だったら納得できるが、これも夏の海との決定的な違いなのだろう。
 誰も近づかない海、まるで寂しさの代表のようだ。夏あれだけ盛況なのに、夏が終わると一気に寂しさを帯びてくる。残されたゴミの残骸、片付ける者もおらず、じっと放置されている。
 眠っているのか死んでいるのか分からない海水浴場、私には死んでいるようにしか見えなかった。死んだ海水浴場から水平線を見つめるのである。当然、夏に見る光景とは違っていても不思議がないような気がするのだ。
――水平線を見つめていたいと思うのはなぜだろう――
 忘れていたものを思い出したいからだと思っていた。確かにそれはあるかも知れない。時々ふっと思い出したように勝手に頭に浮かんでくるのだ。忘れていた何かが頭の中で目を覚ますからかも知れない。
 そう考えると、しっくりは来ないが、自分なりに納得できるものがある。
 今私の横にいる女性の目に、水平線はどのように写っているのだろうか?
「水平線、見えますか?」
「見えますよ」
 一瞬、ドキッとしたものを感じた。その言葉が私を苦しめることを無意識に悟ったのだろうか?
「えっ? 見えるんですか?」
「ええ、夏のように綺麗には見えませんけどね。ここから見てると見えるんですよ。下の砂浜からだと見えなかったんですけどね」
 そういって苦笑いをしていた。怪しく歪んだその唇に妖艶さを感じたのは、気のせいではないだろう。
――綺麗な海をバックに見れば、聡明で知的な美人に見えるに違いない――
 根拠はないが、咄嗟に感じたことだった。まわりの景色で相手がまったく違う雰囲気に見えることがあるかも知れないことを今痛感している。
 あまり高くないと最初に感じ、ここから見下ろせば完全な断崖絶壁、どちらが本当なのだろうか?
 私にはどちらも違うように思えてならない。自分の目が信じられないと今までにあまり感じたことなどなかったが、今日は本当に信じられない。
――きっとここから飛び込めばひとたまりもないほどの断崖絶壁なのだろう――
 もし近くに大きな石があれば、それを落としてみたい気がしてきた。きっと果てしなく石は落ちていき、いつまで経っても「ドッボーン」という腹に響くような重低音が聞こえてくることがないとしか思えない。あくまでも石があればの話であるが、幸か不幸か、近くに石が落ちている気配はまったくない。
 打ち寄せる波の音は聞こえている。だが怖くて真下を見下ろすことの出来ない私は、打ち寄せる波が砕く絶壁を確認したわけではない。波が立っているのが見えるのもごく近くだけで、遠くなればなるほど、空に染まって見えるだけである。
「水平線って不思議ですよね。見える人と見えない人がいるんですよ」
 私の気持ちを察しているのだろうか?
「今、あなたには見えないでしょう? 実は私も前は今日みたいな日に水平線が見えなかったんです。でも、ある日急に見えるようになったんですが、どうしてだと思います?」「さあ、どうしてなんですか? 見当もつきませんが」
「そうでしょうね。私もそうでしたの。私の場合は相手は男の人だったんですけど、やはりここで同じように水平線を見ていたんですよ。後ろから見ていた私はその人が水平線を見ていることはすぐに分かりました。だって、視線は動いていないんですもの。で、しかもその時は今日のように曇りだったんですけど、その人の瞳には夕焼けのように光るものが見えました。そんな光など存在しないのにですね。びっくりしましたね。まるでその人だけは夕焼けを見ているみたいでしたわ」
 私は驚きながら聞いていた。その話はまさしく、ここで今目の前で繰り広げられていることではないか、しかもそれは最初に来た時の真由子の話ともダブっている。不思議な気持ちのまま私が彼女の顔を覗き込んでいると、
作品名:短編集20(過去作品) 作家名:森本晃次