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短編集20(過去作品)

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 その時は木枯らしも吹きそうな明らかな冬だった。もちろん、海には誰もおらず、夏の間に散乱したゴミが波によって砂浜に打ち上げられ、海水浴シーズンで賑わう海がここまで変貌してしまうのかと思うほどの惨状であった。
 私は砂浜にある少し大きめの石を見つけては海に向って投げていた。正直それ以外にすることも思い浮かばないし、きっとそれ以外の光景は考えられないだろう。
 ゴ〜っという音ととともに、打ち寄せる荒い波に向って私の投げた石が吸い込まれていく。それは石の色にも似たグレーな海だった。空の色もほとんど変わることなく、その時初めて水平線の境目が分からない海を見た気がした。
――なんて気持ち悪いんだ――
 じっと見つめていると、いかにも波が押し寄せてきて海の中に飲み込まれそうな錯覚に陥ってしまう。
「みんなは冬の海を生で見たことがあったのかい?」
 友達が会話のない雰囲気をぶち破るように声を掛けた。しかし、波の音と、強い風の音で半分消え入りそうな声だった。
「もちろん、初めてさ」
 女性二人はそれには答えず、ただじっと海を見ている。一番真剣に見ていたのは、他ならぬ言いだしっぺの真由子だった。
――一体、真由子の視線のその先に捕らえられたものは何だったのだろう――
 横顔をじっと見つめていたが、その先に見えるものは分からなかった。だが、きっとそれが水平線ではないかと思ったのは、まったく視線がずれないからである。
――きっと真由子には私に見えない水平線が見えているのだ――
 そう思えて仕方がなかった。私もなるべく見つめていたが、結局水平線を確認しることができなかった。
 その思いは今でも残っている。秋の海を見てみたいと突然思ったのも、水平線を確認したいという思いがよみがえってきたからに違いない。
 そしてもう一つは、やはり仕事で少し行き詰まりを感じているからではなかろうか。
 駅に降り立つと、その駅は私の想像どおりのところだった。無人駅で、ホームには街灯らしきものが三つほどあるだけで、それも裸電球である。駅舎もあるかないか分からない程度の小屋のようなもので、駅前はそのまま海岸線を走っている国道である。
――完全に後から作ったような駅だな――
 かなり昔からある駅には違いないのだろうが、路線開通当時からあったとは思えない造りである。
 海岸線を走る国道の向こうはそのまま堤防になっていて、そこを越えると海水浴場が広がっているのだ。
 さすがに降りる客もないだろうと、一人ぼんやりと駅を眺めていたのは、乗ってきた電車が見えなくなるまで見送るつもりだったからだ。所詮急ぐものではない。駅舎に入るととりあえず、帰りの時間をメモしておいた。一時間に一本くらいしかない路線なので、時間によっては待つのが辛くなるからだ。
 ここは閉鎖的な海水浴場だと聞いていたが、まさしくそのとおりである。トンネルを抜けると駅があり、駅を出るとまたトンネルに入る。したがって電車を見送るのもトンネルに消えてしまうのを見送る形になるのだ。駅のすぐ裏に迫っている山は少し紅かかっていて、季節によってその容姿を変えるのは、海も山も同じであった。それこそが自然というものである。
 砂浜に降り立つと、
――こんなに狭い砂浜だったんだ――
 と今さらながらに驚かされる。こんなに狭い範囲でたくさんの人がひしめき合うのでは「芋の子を洗う」とはまさしくこのことなのだろう。
 夏の間なら、暑くてとても裸足で歩くことなどできないはずの砂浜も、触ってみると冷たかった。想像通り波の打ち寄せるあたりは、打ち上げられたゴミが散乱している。
――こんなところで皆泳いでいたんだ。これを見たらまた来ようと思うだろうか――
 そんな想像をしてしまう。
 そして私なら
――絶対に来るものか――
 と肝に命じるだろう。
 しばらくは堤防から海を見ていたが、視線は一点に集中していた。
――水平線の境目――
 そこだけを見つめていた。しかし見れば見るほどそれを見つけることはできない。最初から見つけることは不可能なのだという思い込みがあるからかも知れない。
 元々、思い込みが激しく、思い込みで行動する方でもある私は、今までに幾度となく失敗もしてきた。ギャンブルを毛嫌いしているくせに、思い込みで行動するのは、やはり根本的な違いを分かっているからだろうか。
 本能の赴くまま……
 それが思い付きでの行動なのだと思っている。
 右と左、上か下、二者択一ならばギャンブル性があるだろう。しかしいくつもある選択肢の中からギャンブルで選ぶのは辛いものがある、後悔が伴うからだ。本能だと思えば自分の感性なので、あきらめもつくというものである。ある意味であきらめがいいところも私にはあった。
 しかし全部が全部そうとも言えない。自分の行動で起こしてしまった気まずい雰囲気など、自己嫌悪に陥る原因になりかねないこともあった。それも女性が絡むとどうしても自分を責めてしまうところがある。
――まわりのことを考えているようで考えていないのだろうか――
 時々感じることである。その都度、
「あなたは、自分の主張をしっかり持っていないのね」
 と言われた時のことを思い出す。あれは大学の頃だった。付き合っていた女性と会話がすぐに途切れていたが、それをただ単に自分に話題性がないだけだと思っていた。相手のことを考えれば自ずと話題も出てくるはずだと……。
 そんな時に言われた言葉がそれだったのだ。
 まったく予期していない言葉に、まるで脳天をぶち抜かれたような気分になった私は、自己嫌悪というものを初めて知った気がした。それまでも自己嫌悪に陥ったことはあるのだろうが、ハッキリと原因の分かった自己嫌悪はその時が初めてだったはずだ。
 女性がハッキリとモノを言う人種であると分かった時、改めて男性との違いを悟った。肉体的に決定的に違うのだから当然なのだろうが、ハッキリとさせたいのはむしろ女性の方が強いのではなかろうか。
 今は海の家はおろか、声すら何も聞こえない、響いているのは波の音だけで、それも、虚しく響いている。
 力強さは確かに感じる。吸い込まれそうな力強さに果てのなさを感じ、男のような力強さを感じるが、寂しさも男の寂しさなのではないだろうか。寄せては返す波が、どこかに届くわけでもなく、そこに虚しさのようなものを感じるのかも知れない。
 風の強さも半端ではない。帽子を被りでもしていたら、きっと飛ばされていただろう。耳を通り抜けるような風の音が聞こえるが、きっと海の上はもっと風が舞っているような気がしてならなかった。
 その風に誘われるかのように、海べたへとゆっくり歩んでいく。視線はあるかどうか分からない水平線に向けられていて、他は目に入らない。
――海の端っこが見えそうだ――
 あるはずのない海の端っこを想像していた。それはまるで特撮の撮影現場のようなイメージで、そこに見えている空は張りぼてで作られたセットを想像してしまう。それもこれも見えない水平線が勝手な想像を植えつけるのであって、こんなものを想像するためにやってきたのではない。私は自分の想像力の貧困さをが口惜しい。
作品名:短編集20(過去作品) 作家名:森本晃次